今日の長門有希SS

 図書館という施設では、今そこにある本だけではなく、貸し出し中のものや提携している図書館が所蔵している本を予約することができる。提携という表現は正しくなく、基本的に同じ市町村にある図書館は運営している自治体が共通していており、中央図書館とその分館となっているとか、詳しいことはよくわからないがそういった感じらしい。
 ともかく、俺や長門の住む市にはいくつか図書館があり、そこに収められているものは遠くの図書館であるものであっても予約して取り寄せることができる。もちろん貸し出し中の本は返却されるまで待つ必要があるが、このシステムを活用することにより、借りられる本の数は飛躍的に増殖する。
 と、偉そうに述べているがこれらの情報は長門の受け売りだ。俺が第一回不思議探索パトロールの際に図書カードを作ってやるまで図書館を利用したことのなかった長門だが、今や図書館の活用方法を熟知している。ビデオデッキの普及など科学技術が性によって普及することは知られた話だが、長門にとっては読書欲がそういった役割を果たしたらしい。
 さて、この予約というシステムは便利だが、全く制限がないわけではない。予約の数には一人あたり二十冊という上限がある。
 二十という数字はかなり多く使い切れないように思われるかも知れないが、必ずしもそうとは言えない。本によって違うが、人気のある本は予約してもかなり待たされることになり、その間は常に一冊分予約できる枠を消費する。映画化やアニメ化した、何らかの賞を取った、テレビで取り上げられた、作者が何らかの理由で話題になった……といった要素で予約数は跳ね上がり、場合によっては三桁に達することだってある。一人一人が読んですぐ返せばいいのだが、一人予約しているだけでも一ヶ月近く待たされることだって珍しくはない。仮に一冊しか蔵書がない本が百人待ちであれば、自分のところに届くまで十年近く経過するなんてこともない話ではない。
 まあ、その場合はさっさと予約を解除して買うか諦めるかするべきだが、これが二十人待ちで自分は上から三番目、などという状況になると中途半端すぎて予約を解除できなくなる。この複雑な心境は図書館を使った者ならわかっていただけるだろう。ちなみに俺はその気持ちをあまり実感していないのだが、長門がそういう状況をよく味わっているようなので、何度となく聞かされてうっすらと理解している程度だ。


 と、図書館の蔵書の予約について延々と考えてきたわけだが、今は自転車で移動中である。もちろん後ろには長門がいて、俺たちが向かう先は図書館だ。二人乗りというのは危険性があるためか法的には少々問題のある行為だが、長門は重力を制御できる上に完璧なバランスを取っているので、危険性は皆無である。むしろ、俺一人で自転車に乗っている時よりも長門を乗せているほうが安全である。仮にペダルを漕ぐ足を止めたとしても、長門の宇宙的バランス感覚によって地球ゴマのように安定した状態を維持できると俺は確信している。だから俺たちが二人乗りをすることはそれほど大きな問題がないのだが、一般的には反社会的行為とされるのでよい子は真似してはいけない。
 ともかく、何事もなく俺たちは図書館に到着した。颯爽と自転車を飛び降りると、きびきびとした動きで長門は図書館の中に吸い込まれていく。駐輪場の隙間に自転車を押し込んで鍵をかけ、中に入った時には既に長門はカウンターの前に立ち、持ってきていた本の返却を済ませ、予約していた本を係員に探させているところだった。
 ちなみに長門は、図書館での予約にネットを活用しているらしい。図書館に置かれている端末だけでなく、携帯電話やパソコンを使うことで予約できる。学校にいる時に予約したい本を思いついた時は文芸部のお隣さんであるコンピ研に行ってパソコンを使って予約していることもたまにあるらしい。
「何冊借りたんだ?」
「今日は三冊」
 そう言うと、長門は本を鞄に押し込んで、図書館に置かれた端末に向かう。これを使うと蔵書の検索や予約ができる。
「返したのは何冊だったか」
「二冊」
「とりあえずその二冊については続きを予約するのか」
「そう」
 長門は手慣れた手つきで端末を操作し、プリントアウトされたレシート状の用紙を大事そうに財布の中にしまっていく。先に述べたように図書館では予約できる数に上限があり、その数をフルに使っている長門は予約した本を借りるまで新たな予約をすることができない。今日は三冊借りることができたため、それだけ予約できる枠が復活したわけだが、さっそく二冊分は返却した本の続刊で埋まるらしい。二冊目の用紙を財布に入れてから、長門は端末から離れた。
「もういいのか?」
「いい」
 まあ、一冊分くらい予約できる枠を残しておいてもいいだろう。思いついた時に予約すればいい。
「ところで、今日はどんなのを借りたんだ?」
 どうしても知りたいというわけではないが、長門がどういった本を読んでいるのか全く気にならないわけでもない。俺の問いかけに対し、長門は鞄に入れていた本を取り出す。いわゆる萌え的な絵が描かれた文庫本が一冊に、いわゆるハードカバーの本が一冊、そして少々大きめの教科書のような紙質の本が一冊。
 なんとなく小難しいSF小説を読んでいるイメージが強く、実際そっちの本を読んでいることの多い長門だが、必ずしもそういう本しか読まないわけではない。長門の読書スピードではあっと言う間に読み終わってしまうせいか見かける機会は少ないが、いわゆるライトノベルなんかにも手を出している。
 それより、長門が最後に出した教科書風の本が気になった。
「それは?」
「いくつか賞を取り、作品がいくつか映像化されている作家のデビュー作。読んだことがなかった」
「へえ」
 内容より、装丁の方が気になるんだけどな。
「……」
 ぱらぱらと中身を確認するようにしていた長門が、ぴたりと手を止めた。
「どうかしたか?」
 表情こそ変化はなかったが、どことなく長門の身にまとう空気が変わったことが俺には見て取れた。まるでそれは、イカリングだと思って食べたものがオニオンリングだった時のような、がっかりしたような風情である。ちなみにあの時は、それを調理した朝倉と二日ほど口を聞かなくなった。
「これを見て」
 開いた本の中身を俺に向ける。
「教科書みたいな本だな」
 どちらかと言えば、小学生の教科書に近い。その本の文字が妙に大きかった。
「どうやらこれは、視力の弱い者のために作られた本らしい」
 ぱらぱらと中身を確認して長門はそう言った。
「目が見えない人のために点字の本があるように、こういうものもあるらしい」
「知らなかったのか?」
「本来一冊の本が、三冊に分冊されているから妙だとは思った。でも、ハードカバーの本が文庫になるとか、違う形態でいくつか発行されているのはよくあること。今回のもそういうことだと思っていた」
 長門はどことなく気落ちしたように、ぱらぱらとページをめくっている。
「この本の四ページ分が、通常の文庫本では約一ページに相当する。このページ数なら、文庫本に直すとだいたい五十から六十ページの内容といったところ」
「ちょっとした短編くらいだな」
「……」
 長門は手元の本、壁にかけられた時計、俺の顔へと順番に視線を向ける。
「閉館まではまだあるみたいだし、読んでいってもいいぞ」
「ありがとう」
 そう言うと長門は、とことことソファーに歩いていって、本を読み始めた。それほど時間もかからなそうだし、俺もその横に座ることにする。肘掛けになるものと寄りかかるものはあった方がいいだろう。


 それから数十分でそれを読み終えた長門が残っていた予約枠で続刊を予約し、俺たちは図書館を後にした。