今日の長門有希SS

 長門の姿を探して棚の間を歩き回る。ハードカバーの小説コーナーを一回りしてみたが、そこに長門はいなかった。
 俺たちが来ているのはチェーンの古本屋。店自体が大きいせいか、本屋特有の紙の匂いはそれほど強くない。別にデートなどで来たわけではなく、学校帰りに何となく寄っただけである。
 さて、長門はどこに行ったのだろう。SF小説でも物色していると思ったのだが、当てが外れてしまった。特に思い当たるところもないので、店内を当てずっぽうに探してみることにする。
 長門は小柄なので、立ち読みしている中に紛れていたとしたら遠くから眺めるだけでは気づかない可能性がある。小説コーナーからコミックスのコーナーへ移動し、状態の悪い本が百円で売られているあたりで長門の姿を見つけた。
「何を読んでいるんだ?」
 俺が近くに来ていたことに気づくと、長門はすっと本を持ち上げて俺に表紙を見せた。
 それは誰もが一度は名前を聞いたことがあるような有名料理漫画である。新聞社の駄目社員が主人公の漫画なのだが、実のところその上司に当たる副部長がトラブルを起こしていることのほうが多く、よっぽど問題のある社員だと思われる。
 世の中には探偵を主人公にした漫画があり、それらは推理で事件を解決していくのだが、この漫画はトラブルを料理で解決する。まあ、トラブルと言っても食の好みで喧嘩しただのスケールの大きくないものであるが。
「もう少し読んでいくか?」
「いい」
 長門は本を閉じ、目の前にあった隙間にすっと戻した。金色の背表紙がずらっと並んでいる。
「もう覚えたから」
 そうか。
「って、覚えたって?」
「レシピ」


 覚えたからには作ってみたいと思うのが当然だろう。長門もその例に漏れず、部屋に入ると率先して料理の準備を始めた。
「何を作るんだ?」
「出来上がってからのお楽しみ」
 長門が用意したのは小麦粉とネギだけだった。一体、どんなものが出来上がるのやら。
「ネギを切っておいて」
 小麦粉と水をボールに入れてこねている長門を背に、俺は包丁を持ってまな板の上にネギを置く。
「どんな風に切るんだ?」
「みじん切り」
 縦に何本か切れ目を入れてから細かく刻む。どれくらいの量をみじん切りにすればいいのかな、と思っていると。
 ぷにぷに。
「何をしているんだ、長門
「耳たぶくらいの固さとあったから」
 そうか。それは俺じゃなくてお前の耳たぶでもよかったんじゃないのか?
「……」
 俺の顔をじっと見つめ、
「男性の耳たぶの固さがいい」
 漫画の主人公が成人男性だったからとか説明する。そんなもんなのかね。
「恐らく」
 で、固さはいいのか?
「これくらい」
 長門はぽんと生地を叩いてから「あ」と声を漏らす。
「生地を一時間ほど寝かせなければいけない」
 そうか。
 切ったままのネギを放置して、しばらくコタツに入ってのんびり過ごす。
「……」
 一時間何もせずに料理を中断するのが待ちきれないのか、長門はそわそわと体を動かし、たまに台所の方に視線を向けている。
「今のうちにやっておくことはないのか?」
「あとは巻いて焼くだけ」
 使い終わった道具もだいたい片づけたし、本当に待つだけらしい。
「……」
 ちらりと俺の顔を見る。
「どうした?」
「何か暇つぶしを」
 普段ならばあっという間に時間が経っているのだが、今日に限ってはそうもいかないようだ。
 さて、改めて暇つぶしと言われても困るな。わざわざ暇を潰そうなどと考えたことはないから。
 トランプなどのゲームでは、俺と長門の実力に差がありすぎる。そもそもこの部屋にトランプがあったか疑わしい。
「もう一回本屋にでも行くか?」
「……」
 ちらりと時計を見る。今から行って二十分ほど時間を潰せばちょうどいいはずだ。
「それでいい」