消失の長門有希 サンプル 第二章 その2(「涼宮ハルヒの消失」ネタバレご注意)

 先に第一章第二章をお読みください。
 消失のネタバレがあるため読んでない方はご注意を。


 放課後になった。
 ホームルームの間に持って帰らなければならないものは全て鞄に詰め込んでおいたので、俺はすぐに教室を飛び出した。向かう先はもちろん部室だ。
 朝からずっと、長門のことが頭から離れなかった。昨日、長門に会ってから別れるまでのことを何度も思い返してみたが、落ち込ませてしまうような原因は思い当たらなかった。
 朝倉の気のせいならば問題ない。だが、俺に対する態度を考慮しなければ、朝倉自体は信頼に値する存在である。特に長門に関しては。
 だから、落ち込んでいたと朝倉が思ったのならきっとそうなのだろう。
 果たしていつから落ち込んでいたというのだろうか。別れてからマンションに帰るまでに何かがあったのか、それとも活動時間中に俺やハルヒが何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。
 解散するまでの長門はどんな様子だったか。考えすぎたせいか、それすら思い出せなくなっている。
 考えていてもらちが明かないな、本人に会ってみるしかない。
 と言うわけで俺は部室にやってきたわけだが、
「来てないか」
 俺より先に来ていることが多いのでつい錯覚してしまうが、長門だってずっとここにいるわけではない。ホームルームが長引いたり、用事があれば遅くなることもある。それが当たり前なのだが、俺はここに来さえすれば長門に会えるような気がしていた。
 いかんな。どうも長門が特別な存在であるという感覚がぬぐい切れていないらしい。
 さて、まだ来ていなくてもすぐに来るはずだ。俺は本棚から本を取って椅子に座る。何かと邪魔が入って読み勧められなかったもので、最初の方を少し忘れかけてしまっている。
 そのせいか、なかなか頭に内容が入ってこない。本を開いていながらもついついドアの方ばかり見てしまう。
 長門はまだ来ない。
 携帯で時間を確認してみると俺が来てから十五分ほど経っている。
 今日は来ないのだろうか。
 朝倉が言っていたことを思い出す。もし俺やハルヒ長門の知らぬ間に機嫌を損ねていて、ここに来たくなくなってしまったのだったとしたら……どうすりゃいいんだろうな。
 その時、がちゃりとドアが開いた。
「来てくれたか」
「……」
 ノブに手をかけたまま、長門は不思議そうに首を傾けている。
「いや、遅かったから今日は来ないのかと思ったんだ」
「掃除当番」
「そうか」
 本を閉じて机に置く。
「お茶でも飲むか?」
「飲む」
 なぜか妙に喉が渇いていた俺は、立ち上がってお茶の用意をすることにした。
 思い返してみれば、昨日もこんな風に俺がお茶を淹れていたな。あれはハルヒに要求されたからだが。
 昨日の放課後は、請われるままに俺がいた世界の話をしていた。まるでおとぎ話を聞かされる子供のように目を輝かせて俺の顔を見つめていたハルヒと、黙って読書を続けていた長門。二人で話し込むことになってしまったわけだが、もしかすると退屈だったんだろうか。
「ありがとう」
 湯飲みを置くと長門は本に顔を落としたまま礼を言った。
 以前の長門とは、やはり、違う。
 姿はあの長門とうり二つだが、時折見せる反応や仕草が全く異なっている。感情が表情に出てしまうのもそうだ。
 しかしこうして顔を伏せて読書をしていると、何を考えているのか読みとることができない。もし表情が変わったとしても、それは本の内容に反応したものかも知れないし。
「なにか?」
 つい見つめてしまっていると、長門は顔を上げた。だが、長門の視線は俺の顔の少し下に向けられている。
「見ていちゃ駄目か?」
「……」
 返答に困ったように、長門は口をぱくぱくと開閉する。
 水草を入れ忘れた水槽の金魚が酸素を求めているかのようだ。
「……いい」
 時計の秒針が一周するほどの時間があってから長門は小さく答えて、顔を伏せる。
 本に顔を向けてはいるが、視線は動かない。ただ本全体を眺めているだけのようで、全く読むことが出来ていないらしい。
 こうしているだけでは長門がどう思っているのかわからない。やはり話を聞いてみるしかないだろう。
長門、何か悩んでいることとかないか?」
 ぴくりと体を震わせる。
「……なぜ?」
「いや、なんとなく普段と違うように感じたんだ」
 朝倉が、だが。
「そう」
 ゆっくりと持ち上がった顔は、ほんのりと上気していた。
「わたしは大丈夫」
 確かに普段とは違うが、朝倉が言っていたようなのとは少し違うようだ。長門は気が小さいし、今のは俺がじっくり見過ぎたのが原因だろう。
「それならいいんだ。変なこと聞いて悪かったな」
「いい」
 再び本に顔を戻してしまったので、なんとなく湯飲みに手を伸ばす。
「うまくないな」
 相変わらずの味だ。一度、正しいお茶の淹れ方を調べるべきなんだろうか。
 ネットで調べようかと顔を向けたが、この部室のパソコンは外部に繋がっていないはずだ。図書館……にわざわざ行くのも面倒だな。
「はあ」
 何にせよ今はどうしようもない。長門は読書に集中しているようだし、先ほどから机の上に放置していた本に手を伸ばす。
 だが、今日もまた読み進めることができないようだ。長門も本から顔を上げ、ドアの方に向ける。
「ごめんごめん、遅くなっちゃったわね」
 勢いよくドアを開いたのは予想通りハルヒだが、今日はその後ろにしばらく見ていなかった学ラン姿があった。
「お前まで来るとは珍しいな」
「そうですね。お久しぶりです」
 相変わらずの薄っぺらい笑みを顔に浮かべたまま、古泉は慇懃無礼に頭を下げる。
 ほぼ毎日出没するハルヒと違い、古泉はあまりここに顔を出さない。来る場合は大抵何か理由がある。よく見ると古泉の両手には紙袋があり、それが今回の理由らしかった。
「なんだそれは」
「ふふん、見て驚きなさい」
 と、ハルヒは古泉の手から紙袋をひったくるようにして机の上に置き、その中身を引っ張り出す。白と紺色の布が絡み合ったようなもので、なにかの衣装のようだ。
「メイド服よ!」
 誇らしげにハルヒはそれを広げる。色合いは朝比奈さんが着ていた物と似ているが、もう少しシックなタイプに見える。まるで実際のメイドが使っているような。
 いや、実際のメイドがどこで活動しているかは知らないが、そう言うイメージだということだ。断じてメイド服に造詣が深いわけではない。
「で……どうするんだ、それ?」
「愚問よジョン。衣装は着るためにあるに決まってるでしょ?」
 それはそうだが、そのメイド服を着るのに相応しい人物がいない。ここには一度だけ来たことはあるが、それ以来ずっと姿を見せていないからだ。
「ごちゃごちゃ言ってないで、男たちはさっさと出て行きなさい! 着替えられないでしょ!」
 と、俺と古泉は部室から追い出された。