今日の長門有希SS

 長門はいつも無表情だ。交際してかなりの月日が経つが、この俺ですら見たところがないのだから、この世界中を探しても長門の顔に表情が浮かんでいるのを見たことがある者はいないだろう。
 だが、感情が表に出ないわけではない。表情は変わらなくても、仕草や口調、そして視線が雄弁に語っている。まあ、俺自体もそれに慣れて、最初より察知しやすくなったのもあるだろう。
 だが今日の長門は、誰が見てもちょっと様子が違った。
「有希、どうかした?」
 放課後、モニタの横から顔を出したハルヒの視線が長門を捉えていた。
 当の長門は、本を机の上に開いたまま、窓の方に顔を向けている。
「天気を見ていた」
 外は曇り空で、今にも雨が降らせそうな分厚い雲が空を覆っている。
「今日は夕方から雨だって。みんなちゃんと傘持ってきてるでしょ?」
「ええ、折り畳みを忍ばせてあります」
「あたしもです」
「雨なのか?」
 声を出した俺を、ハルヒがじっと睨んでいた。
「あんた、いつもそうよね。天気予報くらいちゃんと見なさいよ」
「いや、昨日の夜に見た時は曇りだと思ったんだが……」
「今朝の予報じゃ雨だったのよ。予報なんて、コロコロ変わるもんなのよ」
 だったら、今朝から更に予報が変わって曇りに戻っているかも知れないが、どちらかというとその可能性は低い。一日前よりも半日前の方が、天気を割り出すのが簡単なはずだ。
「じゃあ、今日はこれでおしまいにしましょう。雨降ったら困るし」
「そうだな」
 このメンツだと、雨が降れば古泉の傘に入ることになるだろう。それだけは勘弁していただきたい。。
「みくるちゃん、もし降ってきたら傘に入れてちょうだいね」
 お前も忘れてるんじゃないか。


 結局、雨が降ることなく俺たちは無事に解散した。
「……」
 長門は未だそわそわしている。
「どうしたんだ?」
「昼、予約していた本が入荷したと連絡があった」
「どこの本屋だ? 寄って帰るか」
 雨がいつ降るかわからないが、自転車でサッと行けば大丈夫だろう。そんなに遠いところで注文していないだろうし。
「違う。図書館」
「ああ」
 このあたりからいつもいく図書館まではちょっと距離がある。もし途中で雨が降れば、ずぶぬれで帰ってくることになるだろう。
「そんなに読みたいのか?」
「できれば」
「一人で行ってきてもいいぞ。風呂を沸かしておいてくれるなら」
 寒くなってきて、濡れたままの格好で長時間過ごすのは体によくないが、すぐに温かくすれば大丈夫だろう。
「……」
 長門は俺を見つめ、しばらく迷ってから、
「お願いしたい」
 そう言って、長門は財布から図書館のカードと小さな紙を手渡してきた。


 ちなみに、雨は帰り道で降り始めた。ずぶぬれで戻った俺は、風呂を沸かし忘れたという長門によって人肌で温められることになった。