今日の長門有希SS

「あらキョン
 突然に降り出した雨から逃れるため飛び込んだコンビニで俺は意外な奴に遭遇する。
「雨宿り?」
 座席は常に俺の一つ後ろ。部室でも視界の片隅に常に居座っている我らが団長様だが、今日その顔を見ることになるとは思っていなかった。
「傘でも買おうと思ってな」
 家を出る時は明るかった空もいつの間にかどんよりと雲が覆っている。ここで待っていてもすぐに雨が止む保証はない。
 出かける間際に空を見たわけではないので、たまたま俺が出る時に雲の切れ間から日が差していただけという可能性もある。
「こんな頼りないビニール傘に五百円とか払うのもったいないわよ。見てみなさいよこの細くて柔らかい骨、わざと風が吹いたらすぐ壊れるような傘を売りつけて、また買わせようって魂胆なんだわ。こんなの買うなら百均で十分よ」
 その意見には同意できなくもないが、店員に聞こえるような声で言うべきではないと思うぞ。カウンターにいる店長らしき年輩の店員が渋い顔をしてこっちを見ているじゃないか。
「お前は傘を買うんじゃないのか?」
「あんたと違ってあたしはちゃんと持ってきてるわよ。ほら」
 ハルヒは鞄から出した折り畳み傘を俺に見せつける。
「あんたも天気予報くらい見なきゃ駄目よ」
 まあ、そもそも雨が降り出したのはハルヒが降ってもいいと無意識に思っていたからであり、傘を用意していなければ俺がコンビニに駆け込むこともなかっただろう。だからハルヒの指摘は適切ではなく、出かける前には天気予報ではなくハルヒに雨具の準備をしているか否かを確認である。
「傘じゃなかったら何を買いに来たんだ?」
「お菓子とジュース」
 言いながらハルヒはスナック菓子の袋をカゴに放り込む。いつも動き回っているハルヒはカロリー消費が多いのだろう、いくら食ってもそれをエネルギーとして消費し、体型にそれを反映させることはない。
「ちょっと、あんたどこ見てんのよ」
「いや、さすがに食いすぎじゃないかと思ってな」
 つい体型に目がいってしまっていたのだが、片っ端から放り込んだカゴにはスナック菓子が満載されていた。
「そんなわけないでしょ」
「それもそうか」
 買った物を一人で全部食べる必要もないしな。パーティでも開けそうな量だ。
「ほら、こういう時に持つのがあんたの役割でしょ?」
 へいへい。
 スナック菓子だけなら大したことはないのだが、ペットボトルのお茶と炭酸飲料が入っているのでかなりの重量になっている。レジまでそれを持っていくと、ハルヒがじっと俺の顔を見る。
「なんだ?」
「傘買う気だったんでしょ? あんたの行くところまで入れてあげるからちょっと出してよ」
 やれやれ。


「で、どっちに行くの?」
「ええと――」
 持ち上げかけた手をぴたりと止める。長門のマンションに行くと知ればハルヒは果たしてどう思うだろう。団員のこと、特に長門や朝比奈さんのことを気にかけているハルヒだから、悪い虫が付いたとか言って怒り出す可能性は否定できない。
「そこのバス停でいい」
「目の前じゃない。別に家まで送ってあげてもいいのに」
 そもそも俺は家から長門のところに向かっている最中であり、ここまで来て家まで戻されたらたまったものではない。
「いや、そこまで迷惑かけるわけにいかないだろ。お前だってどこかに行く最中なんだろ?」
「それはそうだけど……わかったわ、そこでいいのね?」
「ああ」
 何事か考え込むようなハルヒと並んで歩き、ほとんど言葉を交わすこともなくバス停に到着する。ベンチの上にはビニール製の屋根があり、雨をしのぐことくらいならできる。
「本当にここでいいの?」
「大丈夫だ」
「……」
 ハルヒは何か言いたげに俺の顔と自分の手元を見比べる。
「気にするな、いつもおごらされてる金額に比べたらそれほどでもない」
 いつも喫茶店やファミレスで払わされている金額の一人分程度で収まっている。
「今度、お茶代くらいならおごってあげるわ」
「お前がおごってくれるとは珍しいな」
「うるさいわね、おごるのやめるわよ」
「悪かった。そのうち頼む」
「ええ。そのうち、ね」
 ハルヒが去った後、俺はベンチに座り携帯に目を落とす。しばらくここで時間を潰してから長門の部屋に向かおう。
 そのついでに、メールで長門に何か必要な物がないか聞いてみることにする。わざわざハルヒの傘に入ってここまで連れてきてもらったが、まだ目と鼻の先だ。
 すぐにメールが返ってきて俺は再びコンビニに戻る。書かれていた物を買って外に出た頃には雨も弱まっていて、悠々と長門の部屋に向かった。


 通い慣れた長門の部屋。玄関を開ける番号を押すのもスムーズで、常駐する管理人も俺のことをここの住人だと勘違いしていても不思議ではない。
 エレベーターで上り、チャイムを鳴らし――
「なんでキョンもここに来てるのよ」
 ドアの向こう、じっとりと睨みつけてくる顔を見て俺は腰を抜かしそうになる。
「は、ハルヒっ! どうしてここに!?」
「涼子のところに来たんだけど、お菓子買いすぎたし有希のところでみんなで食べようって話になったのよ。で?」
「ええと、だな……三人じゃ足りなそうだから、かな?」
「そんなわけあるか!」
 ボコボコに殴られながらもなんとか弁解し、俺は先ほどコンビニで買ってきた絆創膏で治療を受けることになるのだった。