今日の長門有希SS

キョンくーん、朝だよー」
 そんな言葉と共に、文字通り俺を叩き起こすのは誰か。もちろん言うまでもない、我が妹だ。現在小学校高学年にも関わらず、その容姿は実年齢より少々幼い。
 それでいて妙に鋭いところもあり、女という生き物は本当に不可解だと思わされる。
 嵐が通り過ぎるように妹が部屋を去り、しばらくぼんやりとしてから起きあがる。カーテンを開けて予想通りの光景にため息をつく。
 空には分厚い灰色の雲。窓には雨粒が叩きつけられている。
 いや、確認するまでもなく音でわかっていたんだけどな。
 朝食を食うため、俺はのろのろと部屋を出た。


 ザーザーと雨が降る中、俺は傘の下で体をちぢこませて歩く。水たまりを踏まないように足下を確認しながら。
 少し前を歩く妹の傘が楽しそうに上下している。薄暗く灰色の世界の中で、妹のカラフルな傘は目に痛いほど眩しい。どんな時でも天真爛漫なのが妹の良いところであるが、学校の行事などで大人しくしているかちょっとだけ不安になった。
 しばらく一緒に歩いて、妹は友達を見付けてトコトコと駆けていった。足下に気を付けろよ。
 妹の友達は、走って近付いて行く妹に苦笑しているようだ。あの二人をあわせて二で割れば、だいたい実年齢に近くなるんじゃなかろうかと俺は思った


 教室に到着し、どことなく生気のない生徒達が目に付く。雨で浮かない気分なのは俺だけじゃないらしい。
 そんな中、ハルヒは普段と全く変わらぬ様子。ふと、妹も成長したら将来ハルヒのようになるんじゃないかと思い、ちょっとだけ不安になった。
キョン、雨なんだけど」
 いや、今さら言われなくてもわかるぞ。
「今日は雨じゃなきゃ出来ないような事でもしようかしら」
 やめてくれ。具体的にどんな事をやるつもりなのかはわからないが、ロクでもない事なのは間違いないだろう。
「この近くでどっか良さそうな川なかったかしら」
 頼む、マジでやめてくれ。
 それから何やら考えているらしくどことなく静かなハルヒに戦々恐々とし、降ったり止んだりする嫌な天気にうんざりしながら、午前の授業を過ごした。
 弁当を持って部室へ行くと、部室で待っていた長門の様子はいつもと変わらぬ様子だ。まあ、雨が降ろうが槍が降ろうが長門長門だ。天気程度じゃ動じるはずもない。
「どうかした?」
 お茶を俺の前に置きながら、長門が首を傾げていた。心配させてしまったのだろうか。
 いや、別に大した事ないんだけどな。この雨のせいで何となく気が重いだけだ。それに、ハルヒが何か雨の中でやりたいとか言ってたからな。またおかしな事を言い出すんじゃないかとちょっと気になってるんだ。
 ともかく、心配したならすまなかった。
「いい」
 長門は窓の方に視線を向け、ぼーっと外を見ている。朝よりは、雨の勢いも弱まっているが、まだしとしとと雨が降り続いている。
「大丈夫」
 そしてこちらに顔を向け、
「それより、ご飯」
 そこで、ようやく長門に弁当を渡し忘れていた事に気が付いた。


 長門と一緒に食事をしていると幾分か気持ちも晴れたような気がする。長門からのアプローチで始まったこの関係だが、今や俺の方がすっかり依存しているような気がする。
 ま、別に悪い事じゃないだろう。だったらこれでいいのさ。
「おかわりは?」
「頼む」
 お互い弁当を食べ終わり、長門が空になっていた俺の湯飲みにお茶を補充する。お茶を淹れ終えた長門は、トコトコと窓の方へ。
「もう止んでる」
 言われるまで気が付かなかったが、どうやら今は雨が降っていない。いつの間にか明るくなっていたような気もする。
 長門が止んだと言ったからには、もう今日はこれで雨は打ち止めって事なんだろうか。
「来て」
 片手を持ち上げ、くいくいと手招きした。
 まあ、長門に呼ばれて行かないはずなどない。俺は誘われるまま、長門の横へ。
「見て」
 スッと窓の外を指差す。
「へえ」
 珍しい。こうして見たのはどれくらいぶりだろう?
 雲の隙間から太陽の光が差しており、虹が出来ていた。アーチ状の綺麗なものではないが、地面から柱のように伸びている。
「今まで虹を見た事はあるのか?」
「一度だけ」
 見たことがないかと思ったが、そうでもなかったらしい。
「でも」
 長門の頭がそっと俺の胸に触れる。
「その時はそれほど長く見たいと思わなかった」
 それはお前が、その時とは少し変化したって事さ。


 予鈴がなって一人で廊下を歩きながら、もしかして雨を止ませたのは長門なのではないかと少しだけ思ったが、生態系に影響があるとか言っていたから考えすぎだろうと思い直す。さすがに、そこまではしないよな。
 ちなみにその日の放課後、すっかり止んでしまった雨にハルヒは不機嫌そうだった。