今日の長門有希SS

 旅行中など、枕が変わることで眠れなくなる者もいれば、そうでない者もいる。それは人によって様々だ。
 しかし、大抵の者に共通するのは、寝る時ではなく起きた時に「今どこにいるのか」がわからくなることだろう。よほどその場所で寝ていなければ、起きてすぐ状況を把握できることはない。
 ということを考えてみると、俺はかなり慣れていることになる。目が覚めて隣に長門がいて、それを不思議だとは思わない。もちろんここは自宅ではなく長門のマンションだ。俺の部屋に長門が泊まることもなくはないが、さすがに家族がいるのでそう簡単にはいかない。
 さて、今日は特に急ぐ必要もない。布団に入ったままぼんやりとしていると、俺は長門の枕元に布が落ちているのに気が付いた。
「これは」
 靴下だ。昨夜はいわゆる聖夜であったわけだが、食後にいい雰囲気になって例の如く性なる夜と化した。というわけで、俺たちは聖夜らしきことをあまりやっておらず、用意していたものも渡しそびれてしまった。
 そう、プレゼントがある。昨夜のうちに渡すはずだったそれは、今でも鞄の中だ。
 俺は長門を起こさないように布団から抜け出し、鞄をあける。
「ん……」
 声が聞こえてどきりとするが、どうやら寝返りをしただけのようだ。ふうと溜息を漏らす。
 さて、俺が用意したのは性なる夜に相応しい性的なアイテムである。せっかくの日にそんな物を……と思われるかも知れないが、俺たちにとって記念日というものはあまり意味がない。俺たちは交際してかなり長く、こんな記念日なんて何度も……あったような、気がする。
 というわけで、プレゼントを渡すにしてもかしこまる必要ない。今回のは機械的なアイテムであり、性的な行為は湿り気が高いにも関わらず水分に弱いという厄介なものだ。しかしうまく使えばかなりの効果を発揮することが予測されるので、俺はこれを選んだ。
 あまり大きくないそれを俺は長門の靴下の中に忍ばせる。それだけでは物足りない気がしないでもないので、メッセージカードも添える。もちろん性的な内容のな。
 さて、ここまで終えたところで腹が減っていることに気が付いたので俺は朝食を作っておくことにした。俺が空腹であるということは、起きた長門も空腹である可能性が高い。
 朝食は手早く作りたい。炊いたご飯は尽きているので、今朝はトーストで済ますことにする。パンは用意しておくが、焼くのは数分で終わるのでまずはおかずを作る。
 冷蔵庫から卵とベーコンとレタスを取り出す。フライパンを火にかけ、油を引かずにベーコンを焼く。ベーコンはそれ自体に油分が多いので焼いている内に油がしみ出てくるので、その油でベーコンを泳がせるように焼く。ベーコンがカリカリになったところで卵を落とし、フライパンの蓋を閉める。これで少し待てばベーコンエッグのできあがりだ。
 それを待つ間、レタスを何枚か剥がし、洗ってから千切る。サラダというにはちょっとお粗末かも知れないが、ドレッシングさえかければサラダと言い張ってもいいだろう。
「おなかすいた」
 長門が現れた。眠い目をこするようにして、ふらふらとトイレの方に消えていく。
「パン焼くけど勝手にバター塗っておいていいか?」
「いい」
 去り際に「あなたはバターが好き」などとよくわからないことを言う。別に俺はバターが好きなんじゃない、バターの塗られた長門が好きなんだ。
 ともかく、パンを二枚オーブンに入れる。俺も長門もそれでは足りないかも知れないが、足りなくなればまた焼けばいい。トーストは温かい方が美味いのだ。
 パンを焼く間に、フライパンのベーコンエッグに塩コショウをふってからを皿に移す。目玉焼きには醤油やソースやケチャップなど様々なものが合うが、塩コショウだって悪くない。
 焼けたパンをオーブンから取り出してバターを塗る。そうこうしている内に長門がやってきて、食卓に就いた。
「……」
 長門は無言でもぐもぐと口を動かす。やはり腹が減っていたのだろう。何しろ昨夜はいろいろと……な。
 昨夜はともかく、今後のことを考えよう。長門は俺のプレゼントにもう気づいているだろうか。その事を口にしないのは、気が付いていて知らないふりをしているのか、本当に気が付いていないのかのどちらかだ。
 早くあの道具を試したいが、食欲と性欲を同時に満たすことは難しい。いやもちろん不可能ではないが、それらの欲は別々に満たした方が満足度が高いからだ。
 さて、食事が終わった。つまり存分に食欲を満たしたので、今度は別の欲を満たす。
長門、あれ見たか?」
「なんのこと?」
 とぼけているのではなく、本当に気が付いていないだろう。長門と長く一緒にいる俺にはそれが判別できる。
「枕元にあった靴下を見てみろ」
「……」
 長門は俺の顔をじっと見つめる。
「靴下がなにか?」
「まあ、いいから」
 こう言うのは直接口で言うより見せた方がいい。できればその瞬間の顔をじっくりと観察したいが、見ないで想像するのもまたいい。
「わかった」
 そう言うと長門は、寝室ではなく洗面所の方に足を向ける。
「おいおい、まだ寝ぼけてるのか?」
「洗濯物が溜まっていたので、昨日の靴下も洗濯している」
 それが何か、と長門は首を傾げた。