今日の長門有希SS

 SOS団の周囲で何か妙な出来事が起きた時、まずそれに気が付くのは主に長門である。俺たちの中心にいるハルヒは望んだことを実現させてしまう厄介な力を持っており、現在の常識や物理法則と反する出来事でもそれが当たり前だと思ってしまえば容易に世界を作り替えてしまう。
 そのようなことがないよう俺たち団長以外のSOS団員はハルヒに妙な考えを抱かせぬよう涙ぐましい努力をしているわけで、その中でも最も異変を察知する能力が高いのが長門である。まあ長門は何かを察知しても別に問題ないと判断した場合はそのままスルーしてしまうこともあり、後から古泉あたりが気づいて朝比奈さんや俺に相談をして三人で頭を悩ませたりするわけだが、それはどうでもいいことだ。
 ともかく、頻度としては長門が気が付くのが一番多いが、それ以外の場合ももちろん存在する。いつもニヤケ面で愛想を振りまきつつも何やら企んでいる古泉や、この部室のオアシスでありちょっとしたことでも気が付く朝比奈さんも注意力という点では一般人よりあるはずだが、得てして現実とは奇妙なものである。
「あんたどっか悪いの?」
 牌を伏せて立ち上がった俺に横から声がかかる。
 いつもの場所に座っているハルヒは頬杖をついてモニタに視線を送っているが、俺に話しかけているのは間違いない。
「今日、トイレに行きまくってたでしょ」
 本当にハルヒはよく見ている。適当に人数を寄せ集めて作ったかのようなこのSOS団だが、団長としてはよくやっている方だろう。何しろ平団員である俺の動向すら把握しているのだから。
「腹の調子がな」
「お腹出して寝たんじゃないでしょうね」
 俺は小学生か
「冗談よ。悪いものでも食べたの?」
「別に悪いものではないが……」
 その言い方に引っかかりを覚えたのだろう、ハルヒは不思議そうに首を傾げている。
「悪くないけどなんか変なもの?」
「その表現は的確だな。てか、悪いと言えば悪いのかも知れないが」
「一体、何食ったのよ?」
「辛すぎるカレーだ」
「何やってんのよ」
 呆れたように溜息をつく。
「大丈夫かと思って食ったんだが、それほど俺の胃腸は丈夫じゃなかったらしい」
 なお口の方はそれなりに丈夫だったようで、綺麗に一皿完食することはできた。それが俺の胃腸のダメージを増幅させたのかも知れないが今さら後悔しても仕方ない。
「おかげで腹が痛くてな」
「もういいから行ってきなさいよ」
 ひらひらと手を振るハルヒに見送られるように、俺は部室から飛び出した。


「どうした?」
 トイレでの格闘を終えて廊下を歩いていると、部室の方から長門が歩いてきた。
「わたしも胃腸の調子はあまりよくない」
「へえ、そりゃ珍しい」
 昨夜の食事の時に長門も一緒におり、同じメニューを食べたので俺と同様に腹の調子を壊していても不思議はない。ただ、長門はいつも黙々と食い続けるイメージがあり、胃腸は丈夫だと思っていたのだが。
「消化能力と刺激に対する耐性は別問題」
「そりゃそうか」
 唐辛子の辛み成分まで消化して無害にしてしまえばよかった気もするけどな。
「……迂闊だった」
 今まで気づいていなかったのだろうか。表情はいつも通りだが後悔している様子だ。
「ま、今さらどうにもならないんだろう? がんばってこい」
「がんばる?」
「行けばわかる」
「そう」
 これから戦いに赴く長門を送り出し、一足先に部室に帰ることにした。


 それから数分後。
「がんばった」
 痛みに耐えて戦い部室に戻ってきた長門の顔は少しだけ誇らしげに見えた。