今日の長門有希SS
この学校に通う生徒が一日の中で何に最もエネルギーを使うかと言うと、それは実は登校かも知れない。特に学校前の坂は殺人的であり、ここで毎年何人の死者が出ているかは不明だ。
「キョンくん、おっはよーっ!」
校門をくぐったところで、元気のいい声と共にバシンと背中を叩かれる。
こんな事、前にもあったような気がする。
「おはようございます、鶴屋さん」
「うむっ、今朝は元気でよろしいっ!」
鶴屋さんは腕を組んでうんうんと頭を上下させる。ことごとく、あらゆる動作が様になってるお人だ。同じ動きを古泉がやったら嫌みったらしく感じられるだろう。
「鶴屋さんはいつも元気ですね」
「あたしだって……悩みくらいあるさね……」
と、突然のハスキーボイスにドキリとする。鶴屋さんは目を伏せて、肩をプルプルと震わせている。
「そ、その……」
「あたしだってね……本当は……」
瞳が潤んでいる。今まで知らなかった一面を知り、俺は鶴屋さんに対する気持ちが180度――
「なーんてねっ、うっそぴょーんっ!」
鶴屋さんは俺を指差しケラケラと笑った。
女は魔物って言うけど本当だね、うん。
「あたしはいつも元気な鶴屋さんさっ!」
鶴屋さんの笑顔は太陽のように眩しい。それはいつも通りの鶴屋さんで、俺はなんとなくほっとした。うん、そうやって笑っている方が鶴屋さんらしい。
「そうそう、ちょっち聞いていいかなっ?」
急に声を潜めて、鶴屋さんは俺の耳元に口を寄せた。
「キョンくんは誰が好きっ?」
誰が好きか……って、えぇぇぇぇっ!?
「キョンくんの周りはかわいい子ばっかりだからねっ、誰が一番なのかお姉さん気になるにょろ」
口元にニンマリと笑みを作る。
「みくるは守りたいって雰囲気なのに体はセクシーだし、ハルにゃんは元気でかわいいし、有希っこは……ねぇ?」
くすくすと笑いながら、下の方からのぞき込むように俺の顔を見てくる鶴屋さん。
ああもう、わかってて遊んでるなこのお人は。
「だーれが好っきなのっかなーっ?」
喉の奥でくくっと笑う。
そこでふと、振り回されっぱなしの俺はやり返してやろうと思った。
「俺が好きなのは……鶴屋さんですよ」
自分でもやりすぎだと思うくらいキザったらしく言ってやった。古泉が見ても呆れるんじゃないかね、これは。
「あ、あたしっ!?」
鶴屋さんの顔が見る間に赤くなっていく。お、意外な反応だ。
「実はですね、俺は最初に会った時から鶴屋さんに惚れてるんですよ。いわゆる一目惚れってやつです」
「そっ、それは困るさっ!」
バタバタと手を振る。
思った以上の効果だった。もう一押ししてみよう。
「俺、鶴屋さんの事を考えると夜にこう……悶々として眠れなくなるんですよ」
ねっとりとした声で耳元で囁く。
「うっ、あうぅ……」
あまりに驚いたらしく、鶴屋さんは朝比奈さんのように曖昧になってしまった。
「鶴屋さんが望むなら、俺は今の名字を捨ててもいいと思ってますよ」
「あたし、そんな――で、でも――」
真っ赤になり、口元に手を当てて「どうしようどうしよう」と繰り返す。
そろそろ満足して「冗談ですよ」と言おうと思いきや、
「あっ、あたしたちはこんなにも理不尽な世界に生きているのだらよーっ!」
不可解なの台詞を叫びながら玄関に消えていった鶴屋さん。
しまった、やりすぎてしまった。後でフォローしておかないといけない。
「……」
さて、玄関先で待ちかまえていたのは長門だった。
いつもと同じ無表情。しかし、誰にもわからないだろうが、俺は目を見ただけで「怒ってますよ」という主張を感じた。
「あれはその、冗談だ。からかわれてたからやり返そうと――」
長門は喋っている途中で俺の頬を引っ張った。
「浮気者」
すいませんでした。
結局、その日は長門の機嫌を直してもらうのに一日を費やした。
そのため、鶴屋さんのフォローを忘れていた事を思いだしたのは、翌朝に校門の横で頬を赤く染めてモジモジしている鶴屋さんが待ちかまえているのを発見した時である。