今日の長門有希SS

 前回の続きです。


「……」
「どうかしたか?」
 午前は長門と二人で回ることになった。特に目的なくぶらぶらと歩き回っていたが、普段にも増して口数が少ない長門に疑問を覚えて声をかけた。
「考え事をしていた」
「何をだ?」
「今朝の事。朝比奈みくるについて」
 それはつまり、集合場所に向かって来た途中で電柱にぶつかった時のことだろう。そういえば、朝比奈さんが遅刻してきたのも珍しい。改めて思い出すまでもなく、今朝の朝比奈さんは普段とは違った。
 何か、長門が考え込んでしまうほどの、まずいことが起きているのだろうか。古泉も気にしていたくらいだ。
「なあ、朝比奈さんが遅れてきたのは本当に単なる寝坊なのか?」
 喫茶店でそのように説明していたのだが、あれはハルヒの前だからそう言っただけで、実際は何か違う理由があるのかも知れない。
「嘘をついていた様子はなかった。言葉通りに受け取ってもいい」
「そうか」
 それならいいんだけどな。
「じゃあ、朝比奈さんのことで何を考えていたんだ? 電柱にぶつかったことか?」
「そう。不可解な点がある」
「本当か?」
「……」
 長門は無言のまま首を縦に振る。
 確かに、動いている物ならともかく、ただその場にあるだけの電柱にぶつかるというのは、なかなかあることではない。よそ見していたとしても、なんとなく察知してよけることはできるだろう。
「朝比奈さんは、焦ってぶつかっただけって言ってたよな? 実際は違う原因があるのか?」
 例えば、朝比奈さんが何らかの勢力によって攻撃を受けていたという考えはどうだろう。本人が気づいているかどうかはともかく、視覚など認識がおかしくなっていたとか。
「それはない。朝比奈みくるが電柱にぶつかったのは、あくまで不注意によるもの」
「じゃあ、何を考え込んでいるんだ?」
「あんな風にぶつかれる理由がわからない」
ハルヒはドジっ子だからとか言ってたな」
涼宮ハルヒがそう断言したのなら、恐らくそれは正しい。しかし、いくら不注意だとしても、電柱に衝突するのは難しい」
「まあ、実際に焦って見えていなかったんだろう」
「人間の視界はそこまで狭くはない。正面を見て」
「ああ」
 言われるままに顔を前に向ける。
「わたしが見える?」
 長門は俺の横にいる。真横ではなく、半歩前に移動したあたりだ。
「ああ」
 意外と見えるもんだな。
朝比奈みくると電柱の位置関係はこのくらい」
 と言うと、そこから斜め前に移動し、俺の前でくるりと回れ右をする。
「このような位置関係で体当たりをしなければいけない」
「わざわざぶつかろうと思わなきゃ難しいな。まあ、車に轢かれそうだから助けるとか、そういう事情でもなければ体当たりはできない」
 しかも相手は電柱だ。朝比奈さんは怪我をしていなかったようだが、運が悪ければ大怪我をしているだろう。
「仮に、電柱にぶつかっても絶対に怪我をすることはなく、痛みがなかったとしたら、体当たりをすることはできる?」
「どうだろうな」
「試したい」
 長門に手を引かれて歩き出す。先ほどの場所から少し移動し、電柱の前に立たされる。距離は一メートルほどか。
「ぶつかって」
「ああ」
 軽く駆けだして電柱に衝突する。ぶつかったのは肩で、俺の体は半回転する。
 長門の言うように痛みはない。擦り傷すらできていないだろう。
「これでいいのか?」
「あの時、朝比奈みくるは可能な限りの速度で走っていた。あなたも全力を出して」
「わかった」
 先ほどの位置に戻り、今度は全力で――
「うわっ!」
 思わず電柱をよけてしまう。電柱が迫ってくる速度が異常に速かった。
「なんだ、今のは」
「人間の筋肉は、全力を出し続けると破壊されてしまう。緊急事態を除き、百パーセントの能力を発揮することはできない」
「で、それがどうしたんだ」
「痛みと同時にそれもカットしてしまった」
「そうかい」
 道理でおかしかったはずだ。自転車を立ちこぎした時のような速度が出ていたような気がする。
「大丈夫、元に戻した。続きを」
「ああ」


 と、しばらくそれを続けていたせいか、不思議な人がいると聞きつけたハルヒがやってきて「紛らわしいのよ!」と昼食をおごらされることが決定した。