今日の長門有希SS

 12/2612/2712/2812/2901/01の続きです。


「……で、一体これはどういうことなんだ?」
 二人の朝倉がお互いを見合わせたまま固まっている。見慣れたサイズの方はベッドの上で、小さいのは長門の鞄の中から顔を出して。
 小さい方は朝から何度か俺を殺そうとしていたが、今はそれどころではないようだ。
「で、どっちが本物なんだ?」
 見慣れた方の朝倉が本物であるとは言い切れない。どっちが本物かと聞かれたらまず間違いなくこっちが本物だと答えるだろう。しかし、今日は朝から今まで「朝倉が小さくなった」と思い続けていたのでそうは断言できない。
「朝倉」
『ん?』
 二人の声が重なる。サイズは違えど確かにどちらも朝倉であり、そう呼びかけるのは適切ではない。
「ええと、寝ている方の朝倉」
「なに?」
「今日はどうして学校に来なかったんだ?」
「起きたら熱があったから欠席したんだけど……先生から聞いてない?」
 そういや、担任もそんな風に説明していたような気がするな。てっきり朝のうちに長門が対処したものかと思っていたが、朝倉本人が電話していたと言うことになる。この朝倉の記憶が本物で本当のことを言っているのならば。
「ところで、この小さいわたしは?」
 俺たちも知りたい。
「じゃあ小さい方」
「なんですか?」
「お前は朝倉だよな?」
「そうですよ」
 そりゃ本人は否定しないか。
「なあ長門、どっちが本物だと思う?」
「定義による」
「どういうことだ」
「あなたの意図する『本物』に近いのは大きい方の朝倉涼子。昨日まで会っていて、今日は風邪で寝ていただけ」
 いつも通りの朝倉ってことか。
「しかし、再現度としてはこちらが本当の朝倉涼子に近い」
「わたしその小さいのより偽物っぽいの!?」
「構成される情報としては」
 長門が断言すると、布団の上の朝倉は苦笑いで肩を落とし、小さい方は鞄の中でふふんと胸を張る。
 さて。
「まあ細かいことはともかく、いつもの朝倉はやっぱり大きい方ってことか。じゃあ、こっちの朝倉は?」
「だからわたしはキョンくんを殺して情報爆発を引き起こすために復活したんです。そうですよ、キョンくんを殺さないと!」
 そう言って飛び上がるものの、長門がいて朝倉がいる状態でそれが達成できるはずはない。すぐに鞄の中に戻され、首だけ出してジッパーを閉められる。
「出せー」
「うう……」
 自分と似たような奴が閉じこめられるのはしのびないのだろうか。朝倉は複雑な顔で手を鞄にのばしかけている。
 だが、出したらまた同じことの繰り返しだろうしな。刺される心配はなさそうだがこのままの方がいい。
「どうする?」
 結局正体もよくわかっちゃいないんだが、まずはどうするかが問題だ。長門の部屋にいればまた一悶着あるのは確実だ。
「朝倉のところで引き取ってくれないか?」
「うーん、どうしようかなあ……」
「引き取りましょうか?」
「それなら――って、なんで喜緑さんがここにいるんですか」
「複雑な状況になっているので来させていただきました」
 って、もしや……
「この小さい朝倉、もしかして何か事情を知ってます?」
パラレルワールドってご存じですか?」
 まあ、そりゃ知ってますけど。よく似た別の世界が存在する、ってのはSFに限らずフィクションにはよく出てくるテーマだ。
「そうです、こことよく似た世界も存在します。そこにはその小さいのが存在していて、その世界でもあなたの命を狙っています、一応」
 一応ってなんですか。
「まあともかく、そいつがパラレルワールドからこちらに来てしまったということですか?」
 パラレルワールドに移動した主人公が元の世界に帰る、というのもSFにはよくあるテーマだ。或いは、主人公のいる世界にパラレルワールドの住人がやってくるというのも。
「違います」
「え?」
「こちらにもいたら楽しそうだな、と思ったのでつい」
 つい、でそんなややこしいものを製造しないでください。
「じゃあ、こいつの帰るところは?」
「元の世界には既に同じのがいますからねえ。そちらに行っても仕方ないでしょう」
 とすると、こいつに戻る世界はどこにもないってことか。
「そんな……」
 首だけがくりと曲げたのは鞄の中の朝倉。ショックだったのだろうか。下を向くと、もっさりとした髪の毛だけしか見えない。
「仕方ありません。この世界に長く置いておくのも問題がありそうですし、最初からいなかったことにしましょう」
 言うと、喜緑さんがそっと手を伸ばす。まるで小動物を撫でるような手つきではあるが、恐らくそれが触れると小さい朝倉は――
「だめ!」
 布団から起きあがった朝倉が鞄に多い被さる。
「う――」
 喜緑さんの手が触れた肩が砂のようにさらさらと崩れていく。
 もちろん、喜緑さんには大きい方の朝倉をそうするつもりはなかっただろう。
「なぜかばうのですか? あなたにとってそれが存在することはあまり気持ちのいいものではないと思いますが」
「なんでだろ。この子と同じ頃のわたしだったら黙って見ていたかも知れないけど……今は、ね」
 体が徐々に崩れていくが、朝倉はなんでもないことのようににこりと笑って見せた。
「あ……あう……」
 覆っていた背中が消えて小さかった朝倉の姿が見える。ぱくぱくと口を動かしているが言葉にはなっていない。朝倉の体は、もう半分も残っていない。
「喜緑さん、止められないんですか!?」
「止められますよ」
 言うと朝倉の体は逆再生のように戻っていく。喜緑さんが触れる前と同じ状態に戻るまで十秒もかかっちゃいない。ベッドに戻して布団をかけてしまえば今の騒動などなかったかのようだ。
 やれるならさっさとやってください。
「いえ、なんとなくそうしない方がいい雰囲気だったので」
 雰囲気で半分も消さないでください。確かにちょっといい感じだったのは認めますが。
 しかし、どうしたものかね。朝倉は衝動的に止めたが、このまま留まらせてもいいものか。消すにしても後味が悪いし、残すのも難しい。喜緑さんも本当に厄介なことをしてくれたもんだ。
 そんなことを思っていると、長門がそっとかがみ込む。
「あなた自身はどうしたい?」
「わたし……?」
「そう。ここはあなたのオリジナルがいる世界とは違った世界。あなたにとって居心地のいいところだとは言い切れない。消えた方が楽かも知れない」
 でも、と長門は続ける。
「あなたが望むならこの世界にいてもいい。可能な限り受け入れる。あなたの知る世界に送り出せない以上、わたしたちにできることはそれだけ」
 どうする、と首を傾げる長門を小さい朝倉はただ見つめるだけだ。
「わたし、は……」
「ここにいて欲しいな、ってのはわがままかな?」
 大きい方の朝倉がぽんと手を置く。こうして見ると、姉妹か親子のようだ。
 同じ朝倉涼子同士通じ合う物があるのだろうか。じっと見つめ合ってから「ここにいたい」と呟いた。


 何はともあれ、小さい朝倉はこの世界に留まって朝倉の部屋に住むことになった。学校にいる間は部屋で留守番をしているらしい。
「こんにちは」
「死んで!」
 休日に遊びに来た朝倉が小さいのを連れてくるたびにそんなことが繰り返されるようになった。もちろんそのナイフが俺に到達することはなく、もはや恒例行事のようなものだ。
「朝倉」
『なに?』
 唯一困るのは、どっちを呼んだかわからなくなってしまうことだ。
「小さい方に名前が必要かも知れないな」
「名前?」
「二人とも朝倉涼子じゃわかりづらいだろ?」
 名字や名前の片方が揃うことはあるが、こうして同姓同名の場合は難しい。まあ同姓同名というか同一人物なのだが。
「例えばどんな名前?」
「そうだな、朝倉の子供みたいなもんだし――」
朝倉涼子子」
「そうだな、長門がそう言うならそれもいいんじゃないか? いいネーミングセンスだぞ」
 頭に手を置いてゆっくり動かすと、長門は嬉しそうに首をすくめる。
「もっとなでて」
 そんなことを言われたらやめるわけにはいかない。このまま十分でも二十分でもなでてやるさ。
「……」
「どうした?」
 ああ、俺たちがこうべたべたしているのは朝倉には慣れてるかもしれないが、涼子子には見慣れない光景かもな。だがすぐに慣れるさ。
「それよりも、その名前はセンスがなくて気が進まないんで別のをお願いします」
「……わたしもそう思う」


 結局名前は決まらなかったのだが、このまま小さい朝倉はここに留まる。この先も、たまにこの奇妙な大小コンビは見られるだろう。
「一件落着、ですね」
「元凶のあなたが綺麗にまとめないで下さい」