今日の長門有希SS

 2/182/192/20の続きです。


「まあ、なるようにしかならないんじゃない?」
 エミリオ先輩を交えておでんを囲み、ひとしきり現状について話し合った挙げ句、朝倉の結論は随分あっさりしたものだった。
 この世界が消えるということはわたしたちがいなくなると宣告されているようなもので、前回も今回も長門はわたし以外の誰にもそれを伝えないように一人で悩んでいたというのに。
「……」
 長門は無言でわたしたちの間で視線を左右させる。
 一度そう言われて結局今まで通りだったわたしはまだしも、そういった経験のない朝倉やエミリオ先輩がそこまで達観できるのは少しだけ不思議に思えるのかも知れない。
「どっちかと言うと、消える云々よりも本来は俺たちが女だったって方が意外かな」
 確かにどっかの小学生が作ったカラクリロボットのように何かあると日本刀を振り回す女がいる世界はあまり想像したくない。
 いや、男でも問題はあるんだけど。慣れただけで。
「我々にとって、自分の存在とかそういうものに対する執着はあまりありませんし」
 あの夕方の出来事を思い出す。体が崩れていく最中、最後まで笑顔を浮かべていた朝倉を。
 今の長門はともかく、少なくともエミリオ先輩や朝倉にとっては自分が消えようが世界が消えようが大したことではないのだろう。
「そういうわけだから、またこういうことがあったら早く言ってくれた方が助かる。性別が変わると食べ物の好みも違うかも知れないし」
 結局、朝倉にとってはそれだけのことでしかなかった。それからしばらくしてエミリオ先輩が帰り、後片づけを終わらせた朝倉も帰り、残ったのはわたしたちだけだった。
「どうかしたか?」
 二人が帰ってからずっと、いや、二人がいた時から長門は何か考え事でもしているのだろう。ずっと上の空だ。
「……」
 何か口にしようとして、躊躇しているような顔。
「本当はこの世界が存在しないものだと言ったけど、もしかしたら違うんじゃないのか?」
 長門は視線を上げてわたしの顔を真っ直ぐ見る。
「だいたい、長門の言うのが本当だったら朝倉やエミリオ先輩も気付いていそうなもんだし」
「だったら、わたしのこの記憶は?」
 今の長門には、わたしが男で、長門が女だった世界での記憶がある。でも、こう考えることはできないだろうか。
「並行世界って言ったっけ? まあ、わたしより長門の方が詳しいと思うけど……あ、女でもSFは読むのか?」
 こくりと首を縦に振る。
「子供の頃に見た映画でタイムマシンで時間旅行をして未来や過去を変えるってのがあったんだけど、あれは別々の世界ができるって話だったかな。ま、今回はそういう事情じゃないけど、長門はこことは違う世界から来たってだけじゃないのかな」
 もちろんわたしの言うことにはおかしなところがいくつもある。本来の――わたしにとっては本来の――男だった長門はどこに行ったのか。女のハルヒコが仮にこの世界を望んだとして、どうしてそのハルヒコ自身がこの世界にいないのか。
 でも、本当のところはどうだっていい。こう考えて、長門がそれで気に病まずにいられればそれでいい。
「そうなのかも知れない」
 意図がわかったように、小さな声で呟いた。男でも女でも、こういうところは変わらない。
 わたしは、わたし自身だって納得させられていない。それなのに、長門が納得するはずなんてない。
 でも、そう考えれば全てが丸く収まるような気がする。
 もしかすると、長門が言うような性別が逆になった世界以外の他にも、いくつか並行世界があるかも知れない。誰かがいたりいなかったり、わたしや長門の性格が違ってみたり、いくつも世界があってもいいかも知れない。そして、その世界はそれぞれ勝手気ままに存在している。
 今の長門は、ハルヒコの能力をきっかけにたまたまこの世界に来ているだけ。そう考えよう。それでいいじゃないか。
「ありがとう」
 わたしの向かいに座る小さな女の子が、少しだけ微笑んだような気がした。


 と、それが数日前のこと。それからわたしたちは別に何事もなく過ごした。
 昨夜、今日からまた世界が元に戻ると言われて、また消えるかもと言われたけど、やっぱりわたしは存在している。
 今日からまたいつも通りの長門に会える。女の時だって性格も同じで、いいところも悪いところも変わらないから別に嫌だとかそういうわけじゃないけど、やっぱり姿形が違うと別人に思えてしまった。
 だから、数日ぶりに恋人に会える……とそんな気分だった。やかましく起こされる前に自分から目も覚めるさ。笑いたければ笑え。
「さて」
 ベッドの上で体を起こす。久々に会った長門と何をしよう。今日は学校だから夕方までは拘束されてしまうけど――
「あれ、もう起きてるの?」
 がちゃりとドアが開いた。ああ、起きてるさ。今日はお前に起こされる前から目覚めすっきりさ、我が弟――
「お姉ちゃん、誰? キョンくんのお友達?」
 えーと、そちらこそどなた?
「おかあさーん! キョンくんの部屋に有希ちゃんじゃない女の人がー!」
 どこか見たことのあるような女の子は、叫びながら廊下に出ていった。
 なんとなくまずいような気がする。
「大丈夫」
 声が聞こえて、女の長門が机の引き出しから現れた。
 どっから出てきてるんだ。いや、それより、どうしてまだ女なんだ。あとさっきの女の子はなんだ。
「あなたは並行世界があるという仮説を唱えた。そして、わたしが全ての人々の性別が異なった世界に移動してしまっただけだと」
 ああ、そうだったらいいなと言ったさ。本当はどうなのか誰にもわからないけどな。
「それはこのような可能性も秘めている。移動したのがわたしではなく、あなただったら」
 まさか。
「わたしにとってはこれが本来の世界で、あなたにとっては性別の反転した世界。今回はわたしではなくあなただったということ」
 わかった、それは後で相談しよう。
 それよりも切迫した状況がある。近づいてくるこの足音をどうすればいい?
「大丈夫。わたしはあなたの家族から信頼を得ている」
 そうか。で、どうしてくれるんだ?
「本格的な女装プレイを楽しんでいたことにする」
 いや、それはそれで問題があるだろ。


 まあ、そんなこんなで妙な事態はもう少し続く……のかも知れない。