穴埋め小説「ムービーパラダイス」57

「無理」
 地面に座り込み、10分ほど試したが、触れそうな気がしない。俺はその場に寝ころんだ。
 ちなみに肉体があった時から地面の上に立つことを当然として意識すらしていなかったため、霊体の状態でも地面を通り抜けたりしないという話をさくらに聞いた。
「そんなに簡単には無理ですよ、ご主人様」
 俺の視界にさくらが入ってくる。俺の頭の方に立ち、腰を曲げて俺に話しかけているため、逆さまの顔がのぞき込んでくる。
「あんまり意識しないで、気楽に、こう――」
 さくらはひょい、と缶を持ち上げる。
「えい」
 いきなり、さくらはぴたりと俺の顔にその缶を押しつける。缶の冷たさが俺に伝わってくる。
「肉体があったときは、顔では触ろうと意識していなかったからですよ」
 つまり、触ろうと意識する事が良くないという事か。
 となると、意識しないで自主的に物を触るという行為は無理な気がするのだが。
「それはそうと、缶を外せ」
「あ、ごめんなさい」
 やっと気づいたさくらは、ぐりぐりと押しつけていた缶を俺の顔から外す。
「意識しないでか……」
 体を起こし、俺はさくらが持っている缶を掴もうとする。
「あ――」
 俺の手は缶を素通りし、それを持っていたさくらの手を掴む事となる。
「……ぽ」
 何を期待するのか、さくらは顔を赤らめて俺の手を握り返してきた。
 数刻前までのさくらには見られなかった行動である。何も知らなかった頃のさくらは、手を握られてもぼけぼけとしたままだったに違いない。さくらが変わってしまった事が良かったのか悪かったのか、俺にはわからない。その原因が俺に属する事は間違いないが。
「あ……」
 戯れにその手を引くと、さくらが俺の胸に倒れ込んでくる。両手を俺の胸にあて、俺の顔の下でうつむいている。
 何かをするつもりは無かったのだが、こういう反応をされると何かをしたくなるではないか。


 じゃらり――


 その時、金属音が鳴った。俺の懐にしまわれた鎖が鳴ったのだろう。途端にさくらは体を強ばらせて、体をぷるぷると小刻みに震わせる。
 今後一生、さくらはこの心の傷を抱え続け、鎖や首輪というキーワードでその記憶を思い出すのだろう。いや、人間ではないさくらには永遠か。永遠はあるよ、ここにあるよ。
「もう首輪とかしないから怯えるな」
「は、はい……」
 捨てられた子犬のようなさくら。そんな態度がかえって俺の嗜虐心をそそり、劣情を煽ることに気づいていないのか。
 気づいているのかも知れない。以前ならそんな事は無かったのだろうが、今のさくらは虐げられる喜びを知っているのだから、無意識にそれを引き起こすための行動をとっている可能性がある。
 この雌豚め!
 どくん、と俺の膣内もとい中で何かが鼓動する。俺という名の獣は、俺の意に反し――
「あ、あの……ご、ご主人様――」
 さくらが息をのむ。怯えと、かすかな期待。自分がこれから何をされるか悟ったニンゲンの目だ。
 その期待に応えねば嘘だ。そう思った俺は首輪を取り出そうと思ったが、妙な違和感を感じた。
 さくらは俺ではなく、俺の後ろの方を見ている。そこに何かがあるのだろうか。
「ほう、珍しい」


 じゃらり――


 後方から金属音。そこにいたのは――