今日の長門有希SS

「どうも、こんにちは」
 長門と二人でまったりと過ごしていて、この人が来ると警戒してしまうようになったのはいつからだろう。これも全てこの人がらみで巻き起こった騒動の積み重ねの経験による産物であり、人はそれを学習と呼ぶ。
 特に、妙なものを持っている場合は要注意。どうしてこの人は炊飯器を持っているんだろうか。
「何の用ですか、喜緑さん」
 ややぶっきらぼうに答えるが、喜緑さんはニコニコという笑みを崩さない。
「お餅を食べたくありませんか?」
「いえ、あまり」
「今日はいい天気ですよね。お餅日和だと思いませんか?」
「いえ、あまり」
「そう思いまして、用意してきたんですよ」
 聞いちゃいない。
 喜緑さんは親指に人差し指や中指を重ね、それを上に掲げてパチンと――
 ぺす。
 何やら失敗したようだ。
「わざとです」
 コホンと咳払いをして、再び指を天に掲げ、
 パチン!
 乾いた良い音が響いた。
「……」
「……」
 ええと……
 まるで時間が止まったかのようにそのままの姿勢で硬直する喜緑さんをぼんやりと見ていると、どこか遠くからズルズルと何かを引きずるような音が聞こえてきた。その音は徐々に大きくなり、思った通りというかなんというか、開け放たれたドアの向こうにその正体が現れた。
 臼だ。それもかなり大きい。
「ふう……」
 そして、それを押しているのは朝倉だった。重かったらしく、額にうっすらと汗を浮かべている。
「相変わらず、ご苦労だな」
「まあ、ね」
 疲れた様子で臼にもたれてふう大きく息を吐く。朝倉ならこんなのは軽々と持ち上げられるような気がするのだが、気が付くとあまりそういう能力を使わなくなっているような気がする。まあ、なんとなくの印象だ。
 しかし、こいつも断ればいいような気もするのだが、どうも朝倉はこのお方に頭が上がらないようだ。弱みでも握られているのだろうか。
「それでは、部屋の中に運んでもよろしいですか?」
 って、屋内でやるつもりなのか?
「いけませんか?」
 マンションの中では下の階に音が響くのではなかろうか。ここまで持ってきた朝倉には悪いが、やるとしても外に行かねば――
 くいっと服を引っ張られる。
「いい。食べたいから」
 家主である長門がそう言った。それならば仕方がない。
「大丈夫。この部屋は多少の音は響かないようになっている」
 ほう、そんな機能があったとは初耳だ。餅をついたら下の階にかなり音が響きそうな気がするのだが、それも大丈夫なのか?
「問題ない」
 僅かに顎を引き、
「防音は完璧。大声を出したり激しく動いたりしても他の部屋には聞こえないようにしておいてある」
 などと言って、そのまま顔を伏せた。
「え……それって」
 朝倉が顔を赤くしている。臼を持って来た直後よりもなお赤い。
「歌ったり踊ったりとかそういう事だ。なあ、長門
「違う。主にセックス」
 やめてくれ。