今日の長門有希SS

キョン、あんた最近なんか調子良くない?」
 教室に到着して早々、ハルヒが首を捻って問いかけてくる。
 確かにここのところ朝から食欲もあるし、なんとなく寝起きも良いのは確かだ。しかし、端から見てわかるほど健康になっていたとは驚きだな。
「団員が元気だと活動のやりがいもあるわね。なんか手頃なスポーツ大会でも無いかしら」
 頼むから、あまり妙な事を思いつかないでくれよ。またいつぞやかの野球大会のように、心労で俺がヘロヘロになるのは目に見えてるんだ。


 何かハルヒが余計なことを言い出すんじゃないかと内心不安だったが、特に何事もなく午前の授業が終了。いつものように弁当を持って部室にやってくる。
「……」
 ドアを開けると、長門はチラリとこちらを見てから、トコトコとお茶の用意を始める。いつも通りだ。
 のんびりと弁当を食いながら、ふと今朝の事を思いだした。
「そういや、ハルヒに調子がいいんじゃないかって聞かれたぞ」
「……」
 もぐもぐと箸を動かしながら視線をこちらに向ける。
「目に見えるほど健康になってるか?」
「以前より血行が良くなっていて、肌の血色が良い。注意して見れば気付く可能性もある」
 ハルヒは自己中心的な奴ではあるが、あれでいてそれなりに団員の事を見ているって事か。
「あれのおかげか」
「そう」
 ミリ単位で首を縦に振る。少し嬉しそうに見えるのは、やはり長門が薦めてきた物だからだろう。
 ここのところ、長門が「健康にいい」と言うので、料理に健康食品の粉末を混ぜるようになっている。健康食品ではあるものの、味が悪くなる事はなく、うまく使えば味も良くなるので無理に摂取しているという感じはしない。長門の部屋で食事をするのは夕食だけなので日に一回だが、それでも効果はあるのだろう。
「さすがに朝や昼は無理だよな」
 毎食摂るのが良いんだろうが、母親に「これを使え」と強要するわけにもいかない。そうなると、やはり夕飯だけになる。
「念のため用意した」
 どこから取り出したのかわからないが、長門は錠剤の入った瓶をドンと机の上に置く。
「これは錠剤タイプ」
 これで夕飯だけでなく、昼食の時にも摂取できるというわけか。
「持って帰ってもいい」
 朝も摂れってか。でも、そうなるとお前の分はどうするんだ?
「朝食は家で食べるから」
 ああ、俺が持ち運べば二人とも昼に摂取できるのか。なら問題は無いな。
「じゃあ、飯も食ったし飲むか。何錠飲めばいいんだ?」
「十錠」
 多いな、オイ。一日にそんなに飲むのか。
「違う」
 長門は小刻みに首を振り、
「一回十錠」
 予想以上の数を言ってくれた。


キョン、あんたカバンに何入れてんの?」
 放課後に部室に行くと、ハルヒが俺のカバンを見て怪訝な表情を浮かべる。長門からもらった例の瓶が入っているわけだが、サイズが大きいのでカバンの一部が盛り上がってしまっている。
「なんか怪しいモンでも隠してるんじゃないんでしょうね」
 ハルヒがニヤニヤと笑いながら近付いてくる。ま、別に怪しいモンでもないんだ。長門製だから多少強化はされている可能性も否定できないが、基本的には市販の健康食品だ。
「これだ」
 下手に抵抗しても火に油を注ぐだけだと俺は経験的に知っているので、昼に長門から渡された瓶をハルヒに見せてやる。
「単なるビール酵母だ。変なモンじゃないだろ」
 しかしハルヒは、その瓶を見て眉をひそめる。そのまま、まるで熊と出会った時のように俺から視線をそらさずに後退すると、俺の顔を見ながらパソコンに何やらカタカタと打ち込んだ。器用な奴だ。
「あんた、それの効能知ってるのよね?」
「ああ」
 食欲増進とか、消化器の調子を整えるとか、栄養補助とかだろ?
「ちょっと、これ見なさいよ」
 ハルヒが何やらパソコンのモニタを指差しているので、わけもわからず行くと、そこに表示されていたのはインターネットでの検索結果だった。俺の持っている瓶に書かれている商品名で検索されていたそこには、このような項目がある。


エビオス錠で精液ドバドバ!』


「あんた、精液増やして何する気なのよ!」
 ハルヒが俺の襟首を掴んで詰め寄る。短い「ひっ」という悲鳴が聞こえてそちらを見ると、怯えたような表情の朝比奈さん。
 いや、誤解ですよ朝比奈さん。別に俺は精液を増やしてあなたをどうこうしようとか思っていませんから。
「じゃあ、なんでわざわざエビオスなんて飲んでるのよ」
 俺は効能を知らずに飲んでいた。さて、どう答えたものかと俺は口ごもると、
「わたしが頼んで飲んでもらっている」
 長門は読書したまま本から目を離さず、事態を更に悪化させるような事を言い放つ。
「な、なんで――」
「精液が多い方が楽しめるから」
 長門は、本をパタンと閉じて、
「効果てきめん」
 ああ、確かに最近ちょっと元気になったよな、夜も。まさかそっちが主目的だったとはな。
「みくるちゃん、ちょっと席外してもらえるかしら」
 ハルヒが声をかけると、朝比奈さんはメイド服のまま、泣きそうな顔をして部室を飛び出していった。俺に背を向けているので、ハルヒがどのような顔をしているのかは知らない。
「さあ、それじゃあ今日は三人でじっくり話しましょうか」
 振り返ったハルヒは、妙に楽しそうな笑顔を浮かべていた。