今日の長門有希SS

 一面にひろがる皿の群。
「……」
 隣に座る長門は数枚の皿に囲まれ、絶え間なく手を動かしている。
「なあ、うまいか?」
 こちらに視線を向け、首を下に傾ける。
 いつもと違うのは、そのまま首を戻すことなく、下を向いて両手を動かしている事だった。
 いつも大食いだと思っていたが、リミットが外れるとこんなに食うのか。長門の口は異次元かブラックホールにでも繋がっているのではなかろうか。
「あんたも食べなさいよ。勿体ないわよ」
 さて、こちらはハルヒである。ハルヒ長門と争うように食っており、この二人だけで俺達全員分の料金の元は取れるんだろうなあと思った。
「なあハルヒ
「なによ」
「あんまり食うと太るぞ」
 殴るかわりに、口の中にパンを突っ込まれた。クロワッサンだ。
 さて、俺達が来ているのは食べ放題――いわゆるバイキングである。
 数日前、部室で暇そうにタウン誌なんぞを読んでいたハルヒが「今週のパトロールの昼食はいつもと違うところだから」と言いだしたのが発端だ。我々高校生にとってバイキングというのは値段のせいで敷居が高いものだが、オープン特価のおかげでそれほど負担でもない。
 ちなみにハルヒは事前に「今回はさすがにキョンが破産しちゃうから、各自財布を持ってくるように」と言っていたおかげで俺の負担は普段のパトロールの時よりも少ない。
 ってか、普段のパトロールでの代金が俺の財布から出るのもどうにかして欲しいもんだ。
 ちなみに今回来ているのは創作料理バイキングとやらの小洒落た雰囲気の店だ。デザートが多く、大人の女性客が多い中では俺達は少々浮いているだろう。
 だが、隣で長門が幸せそうに食っている様子を見ていると、そんな事はどうでも良くなってしまう。どこの料理だかわからないものを手当たり次第のせた統一感のない皿。それが見る間に空になっていく。
「……」
 ふと、長門の手がピタリと止まった。
「あなたは食欲がない?」
 そんなことはないぞ、お前の食いっぷりに見とれていただけだ。
「そう」
 ひたすら料理を口に運ぶ長門。見るからに幸福感に包まれている。
 黙々と料理を減らす長門につられて食べていると、いつの間にか自分の皿が空いていた。料理を補充しに行く事にしよう。
 ずらりと並ぶ料理をトングで皿にのせていく。彩りなどは全く考えずに料理を盛るので、色合いなどのバランスは悪い。
 古泉は普段より割り増しの笑顔で皿に料理を盛っている。鼻歌でも聞こえてきそうなほどに上機嫌に見える。
 古泉の皿は俺のそれと比べて妙に整頓されている感じがするのは、育ちの良さか何かが出ているのだろうか。機関でテーブルマナーでも習っているのかも知れないな、何のためにかは知らないが。
 料理を取ってテーブルに帰る途中でドリンクバーのコーナーの近くを通ると、朝比奈さんが真剣な顔で紅茶のティーバッグを選んでるのが見えた。その横では、ハルヒが色々と機械のボタンを押してコーラやらジンジャーエールやらをミックスしている。自分で飲むなら何をやってもかまわないが、それを罰ゲームとかにしたら殴ってやろう。
「あっれー、キョン君じゃないかっ」
 戻り際、聞き覚えのある声がかかる。相手が誰かは見て確認しないでもわかる。
「こんにちは、鶴屋さん
「こんなところで奇遇さねっ」
 鶴屋さんは、肉料理やらデザートやらが混在した闇ナベのような皿を持っている。盛り方ひとつにもその人となりが表れているような気がした。まあ、俺も人のことは言えないのではあるが。
キョンくんもオープン価格目当てで来たのかいっ?」
「ええまあ」
 も、という事は鶴屋さんもなのだろう。金持ちのわりに、どこか庶民的なところがあるのが鶴屋さんの良いところだと俺は思う。
鶴屋さんは誰と来たんですか?」
「んっ? ああ、家の者とねっ」
 あの屋敷を思い出す。家族という言い方ではないのは、やはり使用人とかそういう人達も連れてきているからだろうか。
キョン君はご家族と一緒かなっ?」
 鶴屋さんはニヤっと笑って「挨拶しなきゃね」と続ける。
「違いますよ」
「なになに、誰と来てるんだいっ」
 鶴屋さんの目がくりっと一回り大きくなった。キョロキョロと見回し、ピタリとその視線が止まる。俺達のテーブルを見つけたようだ。
「え、えーと……」
「ええ、見ての通りですよ」
 なぜか、鶴屋さんは困惑の表情で俺とそちらを見比べている。
 SOS団で来ている事に何か不思議なところでもあるのだろうか?
「あー……お邪魔したよっ」
 しゅたっと手を上げ、逃げるように去ってしまった。一体どうしたことやら。
 テーブルに戻ると、長門がストローでオレンジジュースを飲んでいた。店員が回収したのだろう、さっきまで散らばっていた皿はすっかり片付けられている。
長門、そろそろ満腹か?」
「これを飲み終わったらもう一度」
 まだ食うのか。お前の腹はどれだけ入るんだ。
「そう言えばな、鶴屋さんがいたぞ」
 隣に座って皿を置きながら言うと、長門はミリ単位で首を傾けた。
「見えていた」
 それなら、会話の内容すら聞こえていたかも知れないな。
「最後、鶴屋さんはこっちを見て不思議そうにしていたんだが……お前、何か妙な行動はしてないよな?」
「何もしていない。ジュースを飲んでいただけ」
 まあそれなら問題ない。てっきり人間業ではない食い方でも目撃されたのかとも思ったが。
「しかし、理由は推測できる」
「え? どういう事だ?」
「彼女はSOS団ではなく、わたしとあなたの二人でここに来たと誤解している可能性がある」
 ああ、そう言えばテーブルには長門しかいなかったからか……
 学校なんかで言いふらす事はないだろうが、誤解――まあ厳密には俺と長門の関係は誤解ではないのだが、今回の件については誤解だ。後で見かけたら説明しておいた方がいいだろう。
 しかし、二人っきりか……
「ここの店のオープン特価っていつまでやってるか知ってるか?」
「あと一週間くらいはやっているはず」
「そうか」
 ジュースが無くなり、立ち上がりかけた長門の腕を掴む。
「じゃあ、今度は二人でまた来るか?」
「……」
 しばらくボウっと俺の顔を見てから、僅かに首を縦に振った。