今日の長門有希SS

「来ないわねえ」
 ハルヒが携帯のディスプレイで時間を確認して呟く。
 とある休日の朝、例によって不思議探索のために集められた俺たちだが、ここにいるのは四人。最後に到着し、集合時間に間に合っているか否かにかかわらず喫茶店の代金を支払わされることにも慣れてしまったが、決して無駄金を使いたいわけではないので、払わなくてすむならそれに越したことはない。
「電話してみたらどうだ、寝坊している可能性もある」
「寝坊なんてするのあんたくらいよ。それに、まだ五分しか過ぎてないし、早すぎるわ」
「俺の場合はすぐに電話がかかってくるような気がするけどな」
「あんたは特別よ」
 そうかい。
「集合時間を間違えている可能性もありますね」
 横から口を挟んできたのは古泉だ。このまま駅前でナンパをしたら今日中に婚姻まで持って行けそうな、うさんくさい作り笑いを顔に貼り付けている。
「ありえなくもないわね」
 俺と違って古泉の言葉はあっさり飲み込むんだな。ハルヒは携帯を開いて操作して「メールにはちゃんと書いたんだけど」なんてぶつぶつ呟く。
「メールを見てないんじゃないのか?」
「ちゃんと返信が来てるわよ。あんたと違って」
 俺の場合、メールが入浴中に来ていたので、気が付いたのは布団に入った時のことだった。既にメールを返すには遅い時間になっていたので、そのまま返信しないで寝てしまった。
 なお、寝ている間にももう何件かメールが来ていて、それを返信したのは今朝のこと。
 ハルヒは古泉と話し始めてしまったので、俺の方は手持ち無沙汰になる。俺たちから離れ、ベンチに腰掛けていたもう一人の横に腰を下ろす。
「まあ、単なる遅刻だよな。別になにも起こっちゃいないだろう?」
「そう」
 本に視線を落としたまま長門はこちらを見ることなく断言した。
朝比奈みくるの家からこの場所までの間で、事故や事件の類は観測できない。ただ単純に遅れているだけ」
「それならいいんだ」
古泉一樹にも同じことを聞かれた」
 ハルヒは不思議な存在に取り巻かれているが、その中でも古泉の所属する『機関』は特に異変に過敏だ。もしどこかでおかしなことが起きた時、最初に対応するのは恐らくそこだろう。長門も朝比奈さんも、どちらも積極的に動こうとするほうではない。
「それなら、別に心配する必要はないよな」
「大丈夫」
 長門はぱたんと本を閉じ、顔を上げた。
「もう来た」
 その方向に顔を向けると朝比奈さんがいた。
「すいませぇん!」
 ぱたぱたと小走りに駆けてくる。朝比奈さんにとっては全力なのかも知れないが、あまりスピードも速くなく、走り方も相まってそれほど急いでるようには見えない。
 しかし、朝比奈さんの顔を見ると、かなり焦っているようだ。半泣きで、髪がほつれている。とりあえず、服だけ身につけて飛んできたといった風情だ。
「もう、遅いわよー」
 怒っているより、どちらかというとほっとした様子でハルヒが声をかける。恐らくあいつも、朝比奈さんが来ないのは事故にでもまきこまれたのではないかと少しだけ心配していたらしい。
「ふぇ、今行きますぅ――きゃぅ!」
 突然の出来事だった。歩いていた人を避けたはずの朝比奈さんが、くるくるとコマのように回転して倒れた。
「みくるちゃん!?」
 ハルヒが駆け出す。運動神経が抜群で足も速いハルヒだが、驚いたせいかあっさりと古泉に追い抜かされていた。
「大丈夫ですか」
 遅れて俺や長門も到着した時、朝比奈さんの体を抱き起こしていたのは古泉だった。まるで少女漫画に登場するイケメン野郎のようだ、まるで台本に従っている役者に見える。
「みくるちゃん、どうしたの? 何かに足を引っかけた」
「えっとぉ、ぶつかっちゃいました」
 朝比奈さんは困った顔で俺たちを見回し、おずおずと手を上げる。
 指を差したのは、少し離れたところにそびえ立つ電柱だった。
「もう、なんで止まってる電柱にぶつかるのよ」
 呆れたように息を吐き、朝比奈さんの頭をくしゃくしゃになで回す。
「し、心配かけてすいません」
「さすが天然モノのドジっ子ね。養殖じゃこうはいかないわ……心配したけど、いいもの見れたわ」
 さて、とハルヒは朝比奈さんの手の手を引いて起こす。
「それじゃ、いつものところに行きましょう。みくるちゃんのドジっぷりは待った甲斐があったし、今日はキョンのおごりで」
「ちょっと待て」


 もちろん俺の言葉など聞き入れられることはなく、俺の財布からまた金が飛んでいくことが決定するのだった。