今日の長門有希SS

「ビラ配りっているじゃない」
 ハルヒの発言はいつも唐突だ。今日も今日とて部室に引きこもって石を積んでは崩される子供の霊魂よろしく無意味な時間を過ごしていた俺たちだが、ハルヒの言葉でなんとなくそちらに注意を向ける。もちろんハルヒがおかしな発言をするのも普段通りで、今回のこの会話も生産性のない無駄な時間の一つであろうことを先に予言しておこう。
「抽象的すぎて意味がわからん。ビラ配りという職業が存在することについて述べているのか、どこかにそいつがいるって話なのか」
「どっちかって言うと後者ね。ま、人の多いところでメイドさんがビラを配ってるじゃない? それで思ったのよ」
「ちょっと待て、お前はどこの街の話をしているんだ」
 少なくとも俺は、この近所でビラを配るメイドさんなど見かけた覚えはない。まあ、校門あたりに立ってバニー姿で勧誘のビラを配っていた奴なら、SOS団開始当初に二人ほど見かけたような気がする。というか、今話をしている頭の悪い団長と、メイド服を身につけて不安げな表情を浮かべている朝比奈さんである。長門はその時、バニーを着ていなかったはずだが、まあ詳しいことは覚えちゃいない。
「どこだと思う?」
秋葉原
 にやにやと問いかけてきたハルヒに、長門は本に視線を落としたままほぼノータイムで答える。長門は難しい本ばかり読んでいるように見えて、意外とそっち系についての知識もある。コンピ研のせいで余計な知識を付けてしまっているのだろうか。
「有希、正解だけどちょっと答えるのが早いわよ。こういう時は、キョンが面白い答えを言うまで待たないとだめよ」
 お前は俺に何を求めているんだ。
「まあ、有希の答えで正解。秋葉原秋葉原。有名でしょ?」
「そんな治外法権が適用されてもおかしくない特殊な地域を『人の多いところ』などという一般的な呼び方で済ませるな」
「とにかく、メイドさんがビラを配っていて、それをもらった人がメイドさん目当てにお客さんになるわけじゃない?」
「まあな」
 何割が店を訪れるのか知ったことじゃないけどな。しかし、そういうのは迷惑メールやダイレクトメールと同じで、受け取った数パーセントが訪れるだけでも効果はあるのだろう。少なくともビラを配ることで客が減ることはない。
「でもさ、ちょっとおかしいと思うのよ」
「何がだ」
「ほら、例えばみくるちゃんがビラを配っているとするでしょ?」
「ふぇっ?」
 突然、話をふられた朝比奈さんが少々怯え気味の顔をハルヒに向けている。ハルヒのせいでビラを配らされた時のことを思い出しているのかも知れない。残念ながら俺では立場を変わることはできないし、トラウマを取り除くこともできない。
「ああ、別に本当に配るってわけじゃないわ。例えよ、例え」
「は、はい……」
「それで、みくるちゃんが配っているビラをもらったら、キョンと古泉くんはお店に行くに決まってるでしょ」
「断定するな」
 だがしかし、朝比奈さんにおっかなびっくりビラを手渡されることがあれば、確かにその店に行かねば申し訳ない気分になるだろう。涼しい顔をしている古泉も、内心ではその状況を想像して、抗えないであろう自分を思い描いているはずだ。
「たとえ話なんだから、そこは素直に行くって言いなさいよ。話が進まないでしょ」
「わかったよ。俺と古泉は店に行く、それでどうした?」
「でも、そこに盲点があるのよ。何かわかる?」
「さあな。朝比奈さんが悪い経営者に騙されていて、実はその店がぼったくりだったというくらいか?」
 その場合、店を経営しているのは我らが団長様に違いない。仮に朝比奈さんがいる店なら、多少値段が高くても俺は納得するが。
「違うわよ。問題は、みくるちゃんがビラ配りをしているってこと」
「どういう意味だ?」
「これだからキョンはダメね。そういう考えだから、悪い奴にお金を巻き上げられたりするのよ」
 俺が今まで金を巻き上げられたのは、SOS団の活動の際にお前におごらされたことが主だ。そうか、お前は自分が悪い奴であることを自認しているんだな。
「つまり、ビラ配りをしているみくるちゃんは、お店にはいないってことよ。いくらあんたがみくるちゃん目当てで鼻の下を伸ばしてお店に向かったとしても、そこにはみくるちゃんはいないのよ。客だってバカじゃないからそれくらいわかるでしょ? つまり、ビラ配りに魅力的すぎる人物を使うのは間違いなのかも知れないってこと」
「で、お前は何が言いたいんだ」
「今度から、ビラ配りはあんたみたいな地味な奴に任せるのが最適かも知れないわ」
「そうかい」
「でも、あんたからビラを受け取りたいかっていうと、難しいわよね。みくるちゃんや古泉くんが『ノルマが終わるまで帰れません』とか言えば、相手も喜んで受け取るだろうけど、あんたじゃ効果的じゃなさそうだし、仕方ないからビラじゃなく宣伝の入ったティッシュを配って付加価値を付けるしかないわね」
 お前は一体、SOS団をどうしたいんだ。
「たとえ話よ。ビラはコピー代だから大した金額じゃないけど、ティッシュとかけっこうお金かかるし、実際にはこの案は没ね。それに、もしあんた目当てで誰かが来たとしたら――ま、ロクな奴じゃなさそうだし」
「ほっとけ」


 と言うわけで、ビラ配り担当を俺にするというハルヒの野望は潰えた。しかし、第二第三のどうでもいい役割をハルヒが思い浮かべるのだろうが、それはまた別の話だ。