今日の長門有希SS

 ある休日の朝のことだ。
「いってきまーす」
 家の中に向かって元気に声をかけた妹は、自転車を引っ張り出してきて俺の横に並ぶ。
 今から向かうのは、いつも活動帰りに解散する駅のあたりにある公園だ。長門のマンションからも近い。
 で、そこに妹も同行することになっているわけだ。何をやるかは聞いていないが、ハルヒが連れてくるようにと言われている。この時点で俺には拒否権がない。
 ちなみに今日は、動きやすい格好とのことでジャージを着ている。妹も同様だ。
「おかしなことにならなければいいんだけどな」
キョンくん、いかないのー?」
「いや、急ぐぞ」
 集合時間まではまだ時間があるが、妹と一緒だから普段より時間がかかるだろうな。


「遅かったじゃない」
 公園の入り口あたりでジャージ姿のハルヒが待ちかまえていた。集合時間をわずかに過ぎているのは、ここにくるまで思ったより時間を食ったからだ。
「わるかったな」
「ま、いいわ。みんな集まってるから自転車停めて早く来なさい」
「ああ」
 駐輪場ではないが、既に何台か自転車が並んでいるところがあったので、そこに俺たちのも置いてから集合場所に向かう。
「ん?」
 遠目でも、集まっている人数の多さに気が付いた。SOS団員の他に、鶴屋さんや朝倉や喜緑さん、そして谷口や国木田までいる。皆、学校指定のジャージ姿であり、事情を知らない者が見れば部活で集まっているように見えるだろう。
「これで揃ったわね」
「一体、何をする気なんだ」
「あたし思ったのよ。いつも同じメンバーで集まっていたら、やることも考えることもパターン化して面白くなくなっちゃうわ」
「そうだな」
 真っ先に連想したのは時代劇だった。悪人退治をしながら印籠を出したり、悪人退治をしながら桜吹雪を出したり、ある一定のパターンがある。
 だが、時代劇までなってしまえばそういうマンネリ化したものが逆に支持されているわけだが、俺たちの活動は時代劇ではない。
「で、今日は普段と違うメンツで何をしようってんだ?」
「わかってないわね、キョン
 そりゃ、何も説明されてないからな。
「あたしも含めて、いつものメンバーじゃダメなのよ。今日集まってくれた、他の人の提案を取り入れようと思ったわけ」
「つまり、何をするかも決めずに、とりあえず俺たちは集まらされたのか」
「そうよ」
 堂々と胸を張って言うことか。
 今日この場には、SOS団の五人に加え十一人も集まってしまっている。もし何も出なければ、ただ解散することになるのだろうか。
「誰かない? 何か面白そうなこと」
 ハルヒの問いかけに対し、言葉を発する物はいない。いつもならこのような時は古泉あたりが何か提案するのだが、SOS団以外からのアイディアが欲しいとのことなので口を挟めないようだ。
「そうだ、妹ちゃん何かないかな? 高校生のあたしたちと違って、小学生の発想って柔軟よね」
 俺たちもまだそこまで頭は固くないと思うけどな。
「なんでもいいの?」
「そうそう、とりあえず言ってみて」
「えーっと」
 妹は腕を組んでうんうんと唸ってからこう口にした。
「プロレスごっこ


「ほらキョン、へばってんじゃないわよ!」
 最初は俺とハルヒの対戦だった。一般的に、体格や体力など男の方が有利だと思われるだろうが、相手がハルヒであればそうはいかない。運動神経抜群のハルヒに、俺は何度も宙を舞わされることになった。
 いや、俺にだって反撃の余地はあるのだが、ハルヒ相手に本気で攻撃をすることはできない。そのせいで攻撃の手が甘くなり、隙を突かれることになるわけだ。
「だらしないわね」
 石で引いた線に手を触れると、ハルヒが呆れたような顔を浮かべた。プロレスをするための設備など公園にはないので、この線に触れるとロープに触れたのと同じ扱いになる。
「今度はど真ん中に投げて、寝技で落としてやろうかしら」
 ニヤニヤと笑ってそんなことを言う。勘弁してくれ。
「ギブアップだ。お前に勝てるはずもない」
「もう終わり。つまんないわね」
 これで休むことができる。這うように即席のリングから離れ、地面に大の字になる。
「おつかれさまー」
 気楽そうな妹を見ていると溜息が出る。こんな事態になったのは誰が原因だと思っているんだ。
「なんで、プロレスごっこなんて言ったんだよ」
「そういえばそうね。キョン、あんたいつも家でやってんの?」
「んなわけないだろ」
 妹と俺はそれなりに年が離れている。もし俺が妹に技をかけたら、それはプロレスごっこというより虐待になる。
「えー、やってるよねー」
「いや、そんな覚えはないな」
「やってるよー、キョンくんと有希ちゃん」


 場外乱闘が始まった。