今日の長門有希SS

 平日は日が暮れるまで部室で過ごし、休日はハルヒに連れ回され、そうでない日は長門と過ごす。俺の学生生活はそんな日常を繰り返すことで過ぎ去っていくわけだが、そうでない日も例外的に存在する。
「二人とももう来てたのか」
 言いながらやってきたのは谷口だ。まさに今日が例外的な一日で、谷口と国木田の二人と過ごすことになっている。長門が朝倉に連れて行かれたから仕方ないだろ。
「お前が遅いんだ」
 待ち合わせた時間から十分ほどが過ぎている。時間ギリギリに到着した時点で国木田が待っており、俺たちはそれから谷口の到着を待ちわびていたわけだ。
「悪いな、起きれなかったんだ」
「じゃあ集合時間を遅くしておけばよかったんじゃないのか。そもそも時間を決めたのはお前だろ」
「待ち合わせを一時間遅くすれば、起きるのも一時間遅くなる。そんなもんだろ」
 悪びれた風もなくそう言う。わからなくもないが。
「ところで、今日はどうするの谷口」
「DVDでも借りて見ようぜ。キョンの家で」
 どうやら谷口が俺の家を使用するつもりであることを今知った。最初からそういう予定なら、事前に一言あってもいいんじゃないのか?
「お前んち使えないのか?」
「使える」


 レンタルショップに入ると、谷口はあらゆるジャンルのコーナーを突っ切って真っ先に成人向けコーナーに突き進んでいった。ここまで潔いと逆に清々しくなる。
「ところで谷口、なんでいつも洋モノばかり選ぶの?」
「外国人フェチなんだろ」
「ちっちっち、俺にはそんな趣味はないぜ」
 それにしては洋モノを選ぶ率が高いし、現時点で持っているパッケージに映っている女性も日本人にはとても見えない容姿をしている。否定する言葉に説得力のかけらもない。
「知ってるか? 海外じゃ無修正なのが当たり前なんだぜ」
「それがどうした」
「もしかしたら、この中に無修正なのが混じっているかも知れないじゃないか」
 日本で貸し出されている時点で日本の法律に則った処理がされていると思うけどな。
 しかし、そんなしょうもない理由で選んでいたとはな。てっきり谷口がそれじゃないと満足できないのかと思って見守ってやったが、そうでないとなると話が違う。
「じゃあ今度から洋モノはなしだ。無修正なんて混じってるわけないだろ」
「まあそう決めつけるなって、万が一ってこともあるだろ。それにな、これでも俺はちゃんと厳選してるんだぜ」
「どういう基準でだ?」
 今まで谷口の選んだ洋モノDVDを思い出してみると、胸が巨大なだけで顔がぱっとしないものなどもあった。厳選しているなどと言えるようなものではない。
「パッケージに日本語がないやつだ。直輸入の可能性がある」
 表じゃなくて裏面ばかりみていたのはそういう理由だったのか。
「ねえ、リュージョンって知ってる?」
「なんだそりゃ?」
 国木田の言葉に谷口が首を捻る。俺も馴染みのない言葉だ。
「DVDは国によって仕様が違って、例えばアメリカで売ってるのは日本で再生できないんだよ。だから、ここにあるのは日本向けに作られているわけ」
「な、なんだって」
 手に持っていたパッケージを取り落として谷口は崩れ落ちる。
「くそ、今までの俺の苦労は無駄だったってのか……」
 床に両手をつく谷口を、パッケージに映った裸の外国人女性がニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべて見上げていた。


 作品を選んだのは国木田だった。ショックを受けていた谷口に判断能力はあるはずもなく、今の俺は特に見たい物がなかった。
 国木田のチョイスは女子高生モノだった。毎日のように現物に囲まれていると、年を食った女優が制服を着ているだけであることは一目瞭然だった。それを指摘すると国木田はただ微笑み「もちろんわかっているけど、そんなのもいいじゃないか」と言った。国木田が何を求めているのか正直俺にはわからない。
 ともかく、選んだパッケージを持って成人向けコーナーを出る直前――知っている顔と出会った。
「あれ、キョンくん……?」
 まず俺を見て、このコーナーがどういうところなのか確認し、谷口と国木田に視線を送ってから再び俺に顔を向けたのは朝倉だ。成人コーナーの外に立つ朝倉が、成人コーナーの内側にいる俺たちを見ている。
 朝倉は俺たちのクラスの委員長であり、こういうところを見逃せる立場にはないし、見逃すような性格でもない。
「谷口くん、手に持っているものを貸して」
「え? 手って何が――」
 未だショックから立ち直っていない谷口から朝倉が例のパッケージをひったくる。選んだ時点で国木田が持っていたような気がするが、いつの間に谷口の手に渡っていたのだろう。
「……今日、みんなは探している映画を見つけられなかったんだよね?」
 朝倉がパッケージを谷口に押し付けつつニコリと笑う。
「あ、ああ。そうだよな。間違った」
 その背筋の凍りそうな笑みに正気に返ったらしく、谷口はダッシュで中に戻っていく。何も見なかったから、何も借りるなということだ。
「これどこにあったんだよ!?」
 棚の間から谷口の大声が聞こえてくる。あのDVDを選んだ時点で谷口は前後不覚だったし、そもそもあいつは洋モノしか把握していないからどこから持ってきたのかわからないのだろう。
 だが、早く戻さねば朝倉に何かされる。谷口は本能的にそう感じて思わず叫んでしまったようだ。
「僕が見てくるよ」
「ああ」
 国木田も成人向けコーナーに消え、残されたのは俺と朝倉。
「はあ」
 呆れたように溜息をついた。苦笑を浮かべている。
「怒ってるのか?」
「ううん。誰かが感情を高ぶらせている時ってさ、周りの人は逆に冷静になったりするよね」
「……どういう意味だ?」
「わたしが怒っている」
 液体窒素を背骨に注入されたような感覚が背中を駆け抜けた。
 鉢合わせた朝倉に視線が固定され、気が付かなかった。そもそも、動揺したせいで今日は朝倉と一緒にいるのだということすら忘れてしまっていた。
 コーナーの入り口が狭いせいで気が付かなかったが、朝倉は一人ではなかった。外側から腕を掴まれ、引きずり出されたところで俺は長門と対面することになった。
「同じ団員として、指導しなければいけない。借りていく」
 長門は俺ではなくその後ろに向かって宣言すると、返事も聞かず歩き出す。
 そうして俺は、長門にじっくりと指導されることになった。