今日の長門有希SS

 前回の続きです。


「よし、これで完成よ」
 そのまま部室の前で待つこと十分ほど、ハルヒが満面に笑みを浮かべて部室から出てきた。ハルヒの手にはビニールパイプがあり、その反対側は机にある。
「で、その装置とやらはどういうものなんだ」
「まあ見てなさいって……キョン、ちょっとこのパイプ持ってて。ずらしちゃダメよ」
「へいへい」
 口答えをしても仕方ない。俺がパイプを持つと、ハルヒはポケットからビー玉を取り出してそのパイプに置く。
 コロコロ――
 傾斜に従ってビー玉が転がっていき、テーブルに置かれた文庫本にぶつかる。本にぶつかったビー玉は机の上を滑り、床に落ちてカチンと音を鳴らす。
 ……で、何なんだ。
「あ、あれ?」
 ハルヒはポケットからもう一つビー玉を取り出し、パイプの上に置いた。先ほどと同じように転がって、本にぶつかり、また床に落ちた。
 ビー玉は哀愁を漂わせ床の上をコロコロと転がっている。
キョン、角度が悪いのよ! もっと傾けなさい!」
 そもそも本をビー玉で倒そうという試みが失敗しているんじゃないだろうか。だがそれを口にするとこれ以上機嫌が悪くなるであろうと予想されるので、俺は黙ってハルヒの言葉に従った。
「今までのは練習よ。これが本番」
 ポケットからビー玉を取り出し、また置いた。
「倒れろ、倒れろ……」
 ぶつぶつと呟きながらハルヒはそのビー玉の行方を見守る。これで倒れなければ、ちょっとやばいかも知れないな。
 俺たちが見つめる中、ビー玉は本にぶつかった。
 ぐら、ぐら――ぱたん。
「よし!」
 ハルヒが小さくガッツボーズをした。机の上に並べられた本がぱたぱたと倒れ、シーソーのように置かれていたパイプにぶつかると、反対側が持ち上がってそこからビー玉が転がり出てくる。それは机の間の溝を滑って、机から落ちた。
 カラーン。
 それは床に落ちることなく、そこに吊されていた空き缶に吸い込まれた。空き缶はビー玉の重さでゆっくりと下がっていき、天井を経由してそのヒモの反対側に吊されていたティーポットを傾ける。
 じょろろろろ……
 ポットから出てきた水がティーカップに満たされると、その中にあったピンポン玉が転がり出てくる。ピンポン玉は横にあったパイプに乗り、コロコロと転がって机の下にあった本にぶつかる。
 ……ぱたん。
 やや不自然に本が倒れる。本が倒れるたび、その間から文字の書かれた紙がスライドして出てくる。
 なになに『S』『O』『S』『団』『参』『上』だって?
 本はぐるりと机を囲むように並べられていて、ハルヒの机の裏まで順調に倒れていく。
 ドン!
 何か大きな物が倒れる音が聞こえたかと思うと、机の向こうから野球ボールが飛んできた。てこの原理か何か知らないが、そのボールは部室の外まで飛びだしてくる。
 バタン!
 続いて部室のドアが閉まった。
「えーと……ハルヒ、お前は何が――」
 かちゃん。
 言葉の途中で部室の中から乾いた音が聞こえた。どことなく聞き覚えがある音だ。
「ちょっと待ちなさい。えーと、あった」
 言いながらハルヒは野球ボールを拾い、そこにくくりつけられていたピアノ線を引っ張る。ピアノ線は床の下から部室の中まで続いていたが、毛糸を巻き取るようにハルヒの手に全て吸い込まれた。
「よし、成功」
「で、お前は何がしたかったんだよ」
「自動密室作成装置よ。あたしの机の上に鍵を置いてきたから、今ここは完全な密室というわけ」
「こんな大がかりな仕掛けがあったら密室も何もないだろ」
 仮にこれが事件現場にあったら、誰かが仕組んだのが見え見えだ。しかもSOS団参上とかいう文章が現れたよな。
「で、聞きたいことがあるんだが」
「なに?」
「この密室をどうやって開ける気だ」
「あ」
 考えていなかったのかお前は。
長門、鍵を開ける方法がないか?」
「ヘアピンとマイナスドライバーがあれば大丈夫」
 窃盗団か。
「あ、それでしたら僕の鞄の中に」
 何で持ってるんだよ。


 とまあ、そんなわけで長門が鍵を開けて俺たちは部室に入った。ハルヒが散らかしたものを片づけると夕方になり、俺たちはそのまま帰ることになった。
「ところで長門、何かやっていただろ」
「何か、とは?」
「本にビー玉が当たった時だ」
「した」
 最初、ハルヒがビー玉をぶつけても本はびくともしなかった。角度を変えたところでどうにかなるもんだいじゃなかったはずだ。
「あと、ピンポン玉の時もそうか?」
「そう」
 どちらも不自然に倒れていたが、ハルヒは興奮していて気が付かなかったようだ。古泉は恐らく気づいていただろう。
 もし長門が何もしていなかったら、ハルヒが機嫌を悪くしていたことは間違いない。
「よくやったな」
「かつて、テレビ番組の生放送でカメラマンが倒れなかったドミノを押していたことがあった。それと同じこと」
「そうか」