今日の長門有希SS

 SOS団の活動時間は授業が終わってから夕方まで。何か特別なことがなければ学校がある日はほぼ毎日活動しており、下手をすると熱心な体育会系の部活よりも活動時間が長いかも知れない。まあやっていることは雲泥の差だが。
 とまあ、毎日のように無駄に過ごしているとぼんやりすることもある。将棋で対戦している古泉が一手ごとに長考をしているせいもあったのだろう。
 赤く染まった窓の外を眺めながら、そろそろ空腹になってきているのを感じていた。正確な時間は見ていないがまだ夕飯には少し早いのはわかる。だが、腹が減ったものは仕方ない。
 空腹とは最高の調味料だ。今、何かを食ったら確実に美味いと感じられるだろう。間食でもいい。こんな時間にお菓子を食ったら夕飯が入らなくなることはわかっているが、目の前に何かを出されたら拒むことはできないだろう。
 ラーメンなんかもいいな。こんな時は上品な食事より、ラーメンやハンバーガーのような味の濃いもののほうが美味いと思えそうだ。牛丼のように安っぽいものも悪くない。
 ああ、考えると本当に腹が減ってきた。インスタントでもいいからラーメンでも食いたいもんだ。
「じゃあ、そろそろ終わりね」
 ハルヒが宣言するとそこで活動終了だ。腹も減っていたことだしちょうどいい。
「では引き分けということで」
 にこやかに笑う古泉に特に言い返すことなく俺は溜息をつく。好きにしろ。本当の勝敗はどちらなのか誰もがわかっていることさ。ここまで追いつめていたら、仮に長門だって逆転できないはずだ。
「……」
「どうした?」
 鞄を持って立ち上がると、目の前に長門が立っていた。その視線は盤上に向けられている。
「わたしならここから逆転することも不可能ではない。試してみる?」
「いや、帰れなくなるからやめてくれ」


 朝比奈さんの着替えを待ってから、俺たちは連れ立って外に出る。学年が違う朝比奈さんとは一時的に別れたものの、玄関ですぐに再会して坂道を下り始める。
 遠足ではないが、帰るまでが活動時間だ。
 少なくとも解散するまでは人数も減ることはない。ここから駅まではほぼ一本道であり、俺たち全員はそこまで共通のルートを通るからだ。
「ん?」
 解散地点にたどり着いたが、ハルヒはそのまま何も言わずに歩き続ける。こちらはハルヒの帰る方向だっただろうか?
 おかしなことに、他のメンバーも特に疑問を口にすることなく歩き続けている。長門も朝比奈さんも古泉も、まるで目的地がわかっているかのような顔だ。
 どういうことだ?
 おかしな状況だ。まさかまたハルヒの力が関わっているのか? 仮にそうだとしたら長門がそれに気づかないはずがないが、黙って従っているということは下手に騒がない方がいいということなのだろう。
 ならば、俺も様子を見るべきだ。仏頂面で歩くハルヒは普段と同じようにも不機嫌そうにも見えて、やや不安になる。
「ここでいいわね」
 本来なら解散しているであろう地点から数分、ハルヒが足を止めたのは一軒のラーメン屋の前。
「どうなのよ、キョン
 そう言ってハルヒは不機嫌そうな顔を俺に向ける。
 どういうことだ? 確かに腹は減っているし、ラーメンを食いたいとも思った。この店は味もそこそこのものだし、不満はない。
 問題は、どうしてハルヒがここに来たかということだ。
「食べたかったんでしょ? ラーメン」
「ああ……でも、どうして?」
「さっき部室でぶつぶつ言ってたでしょ。腹減ったとかラーメン食べたいとか」
「口に出てたのか……」
 他の顔ぶれに視線を向けると、ハルヒの言葉はどうやら正しいようだ。気づかずに俺は独り言を漏らしていたらしい。考え事をしていたせいとは言え、皆で部室にいる時に独り言を呟いてしまったとは少しショックだ。
「疲れたとか眠いとか言って教室で居眠りしてたこともあるわね」
 俺は動物か。まあ確かに本能に関わることはつい口から漏れてしまうこともあるが。
「そんなに言ってるのか?」
「わたしも何度か聞いたことがある」
 長門は耳がいい。仮に俺が何か呟いていれば、どんなに小さい言葉でも聞き漏らすことはないだろう。
「やりたいと言っていた」


 空腹状態で三十分ほどハルヒから問いつめられることになったが、最終的にはクリケットのことだったと言って誤魔化すことができた。