今日の長門有希SS

 学生の日常は似たような毎日の繰り返しだ。金があれば行動範囲が拡がるので話が違うのかも知れないが、生憎俺はそのように恵まれた境遇にはない。
 仮に金があったところで遠くまで行くような時間が取れるのかは甚だ疑問ではある。SOS団に所属している時点で自由時間の大半はその活動時間に捧げられてしまうからだ。
 長門と交際している俺はともかく、残りのメンバーはもっと若者らしい青春の時間を過ごしたくないのかと疑問に思うこともあるが、そもそもハルヒはそう言ったことには興味がないはずだし、朝比奈さんも古泉もまずハルヒが第一にあるので恋愛にかまけている余裕があるのか難しいところだ。
 文芸部部室で過ごす放課後。今まで何度ここで無意味に時間を浪費したか改めて考えてしまうと何とも言えない気分になってしまう。
「どうかしましたか?」
 正面に座るメイド姿の未来人が俺の顔を覗き込んでいる。
「いえ、何でもありません」
 いいながら俺は次の一手を探す。
 そう、今日は少しばかり普段と違う。俺の正面に座るのがニヤケた超能力者ではなく、可憐な未来人なのだ。
 こうなった事情は特別なことではない。まだ姿を見せない古泉に代わり、手の空いた朝比奈さんがオセロの相手になってくれているだけのことだ。
 文字通り「少しばかり」の違いだ。このようなことが今までに全くなかったわけではない。


「古泉くん、まだ来ないのかなぁ?」
 勝負が決まったところで朝比奈さんが溜息混じりに呟いた。このまま第二回戦を始めた直後に古泉が来ると、今度は俺ではなく古泉が手持ちぶさたになってしまう。朝比奈さんはそうなることを心配しているのであって、決して俺との勝負が嫌なわけではない……はずだ。
 朝比奈さんに倣って入り口に視線を向けていると、ヒーローがピンチになるのを見計らって登場する助っ人のようなタイミングでドアが開いた。噂をすれば影、とはよく言ったものだ。
「やあ、みなさん既にお揃いでしたか」
「……風邪でも引いてるのか?」
 俺の視線は古泉の顔で止まる。
「いえ、至って健康ですが」
 顔の下半分をマスクが覆っているのはどういうことだ。
「これは花粉対策です」
「古泉くん、花粉症だったっけ?」
「いえ、予防のためです。花粉症はなってしまう前から体に入れないことが重要なんですよ」
「ふうん」
 花粉症は確かに嫌だが、なってもいないのにマスクをすることもあまり快適とは言えないだろうな。
「あ、そうだ。花粉症の予防にいいお茶がありますよ」
 と言って朝比奈さんが立ち上がり、空いた席に古泉が座った。マスクで口元が隠れているのでいつものニヤケ面とはやはり印象が違う。
「準備万端ですね」
 視線を落とした先には既に四つのコマが置かれた盤面がある。朝比奈さんとの二戦目のために並べてあっただけで、別に古泉のために準備していたわけではない。
 流れで古泉と勝負を始める。マスクで顔が隠れているので通常に比べて表情がわからないが、オセロではあまり意味がない。ポーカーならば多少は違ったのかも知れないが。
「どうぞ」
 俺たちの前にカップが置かれる。
「おや、これはハーブティーですか?」
「あ、わかりますか?」
 顔を近づけてみると確かにハーブティーらしく普通の紅茶とは違った香りが漂ってくる。こういうのがいいのだろうか。
「花粉症ねえ」
 カップを傾けながらハルヒが呟く。
「みんなまだ大丈夫でしょ?」
「ああ」
「あたしも今のところは」
 朝比奈さんの場合、この時代に来る前に花粉に触れていたのかどうか。
「慣れている」
 慣れ?
「有希、どういうこと?」
 ハルヒの問いに対し、長門は本から上げた顔を俺に向ける。
「いつも彼から精子をかけられ慣れている」
 そう言えば花粉は植物の精子だよな、と長門の言葉の意味に気が付いたのとハルヒのつま先が俺の頭部に届いたのはほぼ同時だった。