今日の長門有希SS

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 火垂るの墓はあまり長い映画ではない。朝比奈さんの選んだモンスターズ・インクと時間自体は大差なく、どちらもアニメ映画という点では共通点もある。それに、泣く映画をピックアップすれば名前が挙がる作品だろう。
 だというのに何だろうこの落差は。小学生の頃に学校で見せられたような記憶があるが、改めて見直しても気が滅入る。
 なお、この映画がとなりのトトロと同時上映だったと言うのは有名な話だ。トトロが目的で映画館に入り、何も知らずに見た奴はどんな気分だったのだろうか。トラウマになってる子供もいたんじゃないかね。
 とまあ、そんな重苦しい時間もようやく終わった。
「うっ……うぅ……」
 さめざめと泣いているのは例によって朝比奈さん。今のところ皆勤賞であるが、前の二つとは明らかに違う面持ちだ。タイタニックを史実と受け取ったくらいだから、今回もそう解釈している可能性は高い。恐らくこの物語自体はフィクションだとは思うが、こういったことがあった可能性は否定できないな。
 しかし、いくらなんでもこれを選ぶことはないだろう。確かに俺もじんわりと来てしまったが、先程までとは方向性が違う。長門を感動させられるような映画を探すという目的だったような気がするが、これは泣かせるという点を重視しすぎたちょっと卑怯なチョイスではなかろうか。
「なによ」
 視線を感じたのだろう、ハルヒが俺をじっと睨み返してくる。文句でもあるのか、と言いたげだ。
「なんでもない」
「ふん」
 鼻を鳴らして顔を背ける。目の端が光って見えるのは気のせいだろう。
 それはさておき、今回の目的は長門を感動させて泣かせることである。
その意味では、ハルヒも目的を達成することはできていない。ハルヒは望みさえすれば何でも実現させることができるのでもしかしたらと思っていたのだが、それでも無理だったか。
「有希、どうだった?」
「重い」
 ハルヒの問いかけに、ぽつりとそう答えた。至極当然の感想だ。
 さて、こうなると残るは俺一人。ここは一つ、長門と長く交際してきた実績ってもんを見せつけてやらなきゃいけないな。
 DVDを出すためケースを探していると、ハルヒが畳の上に横になった。
「……さすがにもう眠いわね」
 時計を確認すると、既に日付が変わってるような時間だった。映画を三本も観ればこんな時間になるのは当然だ。
「あたしも眠いですぅ」
「夜更かしは美容の大敵だしねえっ」
 などと女性陣から終了を求める声が上がる。
 ちょっと待ってくれ、俺の映画はまだ残っている。寝るには早いんじゃないか。例え寝たい人間が半分いたとしても――
「まあまあ。みなさんもこうおっしゃってますし、今日のところはこのあたりで終わるのがよろしいのではないでしょうか」
 ニヤケ野郎はハルヒの側に付いた。そもそもお前が最初に三時間オーバーの映画を選んだのがこうなった原因である。
 ともかく、これで三分の二が寝ようとしているわけだが、今回は長門を感動させるという趣旨でここに集まっている。であるから、長門さえ起きていれば問題はない。俺だって、タイタニックの半分を寝て過ごしたからまだ大丈夫だ。なあ、長門はどうだ?
「眠い」


 というわけで、そこで映画祭は終了した。
 朝になってから再開するかと思いきや、一晩経ってハルヒが飽きてしまったのだろう、俺の映画が上映されることなく昼過ぎに解散になった。
 で、俺の横には長門がいる。解散してからこっそり合流し、向かう先は俺の家。
 せっかく借りたからには観てもらいたいからな。もしここで長門を泣かせることができても誰にも言えないが、俺だけが知っていればいい。
「何を借りたの?」
 到着してからのお楽しみ、と言いたいところだがもったいぶる必要もないか。
ブレードランナーって映画だ」
 こいつは話によると有名なSF小説が原作らしい。色々考えたが、やはり長門の好きなジャンルのものがいいだろうと思ってのことだ。感動させることにこだわりすぎてハルヒのような卑怯なチョイスをするよりも、単純に好みそうな映画を選んだほうがいいのさ。長門だってその方が楽しめるはずだ。
「……」
 長門がじっと俺を見つめてくる。何か、言いよどんでいるように。
「どうかしたか?」
「それ」
ブレードランナーがどうかしたか?」
「既に観たことがある」
 そうか。


 俺の家に到着しても映画を観ることはなく、その日は妹を交えて俺の部屋でだらだらと過ごすのだった。