今日の長門有希SS

 6/24の長門有希SSを先に読むと幸せになれます


 朝は一日の始まり。学校に行くのが嫌で憂鬱になる人もいるらしいけど、あたしはいつも清々しい気分で朝を迎える。
 ゆっくりお風呂に入ってリラックスしてから眠ったから、昨日の疲れは全く残っていない。でも、そんなことよりあたしの心を晴れやかにしているのは別の理由。
 学校に行けばキョンに会える。二人のどちらかが欠席するようなことがあれば会えなくなるけど、あたしもキョンも体を壊すことはあまりない。だから平日はほとんどキョンと一緒に過ごすことができるし、休みの日だって一緒にお出かけをする。本当は二人だけでいたいけど、まだあたしたちが付き合っていることは内緒だし、SOS団の活動ということにしている。二人きりになったら目一杯甘えたいけど、なかなか二人になれないのがちょっと残念。
 早く結婚したいなあ。そうすればずっと一緒なのに。
 今すぐにでもキョンに会いたい。でも、キョンが教室に来るのはチャイムの少し前のことが多いから、あまり早く行っても意味がない。もし学校に行ってすぐにキョンが来てくれるなら、門が空く前から教室で待っているのに。本当に気が利かないキョン。でも嫌いじゃない。
 部屋を出て朝食を食べる。たまに食べないって人もいるけど、食べないと体力がなくなってしまう。学校までの道が遠いから体力を使ってしまうのもあるけど、それより重要なのは、せっかくキョンと一緒にいられる時間に元気が出ないと嫌だから。もしあたしの体調が悪かったらキョンに心配かけちゃう。キョンはあたしのことを好きだから、どんな小さな変化でも見逃さないはずだから。あ、キョンに気を遣ってもらえるのはやっぱりちょっと嬉しい。でも、そんなことでキョンがあたしのことを心配して授業が手に付かなくなったりしたら困る。
 何もなくてもあたしのことばかり考えてるはずだけどさ。あたしもそうだし。
 ご飯を食べたら身だしなみを整える。いつキョンに求められてもいいように清潔な下着を身につけて、清潔な制服を着て、鏡に向かう。
「あ――」
 違和感。鏡の中のあたしを見ながら、頭を左右に振る。
 さらさらと流れる髪。でも、その一部が少し変。
 やっぱりそこは寝癖になっている。もう、寝る前にちゃんとドライヤーで乾かしたはずなのに。
 原因なんてどうでもいい。直さないと。キョンには一番綺麗なあたしを見て欲しい。あたしはキョンの頭に寝癖があっても何とも思わないし、キョンだってそんなことは気にしないとわかっているんだけど、それでもキョンにはみっともない姿は見せたくない。
 どうしよう。シャワーを浴びたら学校に遅刻しちゃう。別に授業や出席のことはどうでもいいけど、キョンに会える時間が短くなってしまうということだから、絶対にそれは嫌だ。
 少しだけ水で濡らして、ブラシでとかす。絡まっていたのがばらばらになっていくのがわかるけど、まだくっついている。鏡を見ながら何度も何度もブラシを通していたけど、気がつくともう家を出なければいけない時間。最初よりはだいぶましになったけどまだ寝癖の残る頭を鏡で確認して溜息をついてから、あたしは家を出た。


 教室に着いたのはいつもより少し遅い時間だったけど、キョンはまだ来ていなかった。嬉しいような残念なような不思議な気分。
 椅子に座って鏡で確認。やっぱり寝癖が残っている。学校に来るまでになくなっていたらいいなと思ったけど、そんなにうまくいくはずがないよね。
 鏡を見ながらブラシで頭をなでる。じっくり見ないとわからない程度だけど、キョンならすぐに気づいちゃうはず。あたしがそうだからキョンだってそうだもん。
「よう、寝癖でもあるのか?」
 ほらね。
 本当はキョンが来る前になくしちゃいたかったけど、見つかったら仕方がない。
「そうなのよ。少しかたまっちゃってるみたい」
 だらしない女の子だと思われたらどうしよう。心配で心臓がどきどきする。でも、キョンはあたしの手つきを見つめたまま、優しい顔をしている。大丈夫、キョンがこんなことであたしを嫌いになるはずなんてない。わかっていたけど、やっぱりほっとする。
「伸びてきたせいかしら」
 短いよりも長い方が寝癖になりやすいのかも。先週くらいからそろそろ切ろうと思っていたけど、こうなるってわかっていたらもっと早く行っていた。
 キョンは「そうか」と呟いてそのままあたしの髪を見ている。
 ふと、思い出したことがあってあたしは口を開く。
「あんたさ、長いのと短いのどっちがいいと思う?」
「え?」
 入学した時のあたしは髪が長かった。席替えをするまで後ろだったキョンはずっとそれを見ていたし、最初に話しかけられたのも髪の話題だったから、もしかすると長い髪の方がいいなんて思ってるかも知れない。それに、キョンはポニーテールが好きなはずだし。
「……どういう意味だ?」
 キョンの反応はおかしかった。さっきまでと違って、少しだけ怖い顔。
 どうしてそんな顔をするの?
 キョンはあたしじゃない何かを見るような目であたしを見ている。怖いよ。
「どうしたのよ? あたし何か変なこと言った?」
 もし変なことを言ったなら謝らないと。キョンがもし怒っていて、やれというなら、あたしはここで土下座をしてもいい。みんなの前だなんて関係ない。あたしにとって大切なのはキョンだけだから。他の人なんてどうでもいい。
 でもわかってる。キョンがあたしにそんなことを言うはずがないって。キョンは優しい。キョンは愛してる相手を苦しめるような人じゃない。ありえない。世の中にはいじめられて興奮する人もいるけど、あたしはそういうのじゃないから、キョンだってそれがわかっているから、あたしにそんなことは要求しない。でも、キョンにされるなら、それもいいかなーって思うけど。キョンにならあたしはどんな風にされてもいい。どんな風に心をいじられてもかまわない。キョン大好き。
「ええと……」
 しまった、という顔でキョンは口籠もる。
 うん、別に怒っていたわけじゃないみたい。あたしの質問の意味を変な風にとらえたのかも知れない。
 あたしの髪をずっと見ていたし、もしかして、キョンは髪の毛フェチ? 髪の毛でアレをこすったり、髪の毛にアレをかけたりしたいの? それとも、匂いを嗅いだり舐めたりしたい? キョンが望むならどんなことでもかまわない。
 でも、今はさすがに無理。誘ってくれたらいつでもしてあげるけど。
 まあそんなことより、このままだと話が終わっちゃう。あたしが戸惑っていたらキョンだってこのまままともにあたしの顔を見てくれない。
「怪しいわよ。あたしの髪を見てなんかやましいことでも考えてるんじゃないでしょうね
 自然と軽口を叩くことができた。うん、これでいつもの関係。
 でもやっぱりキョンはなかなか口を開いてくれない。で、その代わりに口を開くのはあたしでもなかった。
「どうしたの、ケンカしてるの?」
 あたしたちの様子は端から見ておかしなものに見えたのかしら。涼子が不思議そうに首を傾げていた。本当は二人きりの方が嬉しいけど、今は話しかけてくれてよかったと思える。
「聞いてよ涼子。こいつ、長い髪と短い髪のどっちがいいかって聞いたら急に挙動不審になっちゃって。きっとあたしの髪で変なことでも考えてるのよ」
「ふうん」
 涼子が顔を向けるとキョンは更に縮こまってしまう。
「わたしも気になるなあ、キョンくんの好み」
 どうして気になるのかしら。もし狙ってるなら、例え涼子でも許さない。
「こういうのとかどう?」
「な――」
 涼子が髪の両脇を手で掴んだのを見てキョンは目を見開いた。まるで怯えるような顔。
「ん、どうしたの?」
 不思議そうな涼子。それとは逆に、あたしはなんとなく納得してしまった。
「ちょっとキョン、あんたさっきから変よ。どうしたのよ、ねえ」
「いや、別に――」
 あたしの質問にも歯切れ悪く答えるキョン。髪の毛を掴んだままの涼子から目をそらす。
 運動の時はポニーテールにしている涼子だけど、左右を縛っているのはみたことがない。だから、普段と違う髪型を見せようとそうしただけなんだと思う。たまたま、そうなってしまっただけ。
 チャイムが鳴って、涼子は自分の席に戻っていった。あたしたちの話もなんとなく打ち切りになって、キョンは体を前に向ける。
 背中を見るとキョンの気持ちが伝わってくる。


 あれを見つけたのはいつだっけ。
 キョンの部屋に入ったあたしは、何か隠してるんじゃないかなと思って机の中をチェックして、エッチなDVDを見つけた。
 前に見た時はなかったそれがどんな内容なのか気になって、あたしはそれを見ることにした。髪の長い子と短い子が出てくる、女の子同士のDVD。女の子同士なんてありえない。あたしはキョンが大好きで、キョン以外の相手なんて考えられない。
 でも、もしキョンが女の子だったら――うん、ありえないことはないか。あたしは男の人というより、キョンが好きなだけだから。相手がキョンでさえあれば性別なんて関係ない。
 というより、キョンは女の子になりたいのかな? もちろん本当の女の子になれるはずなんてないけど、エッチの時に、女の子の格好をしたり、あたしに攻められたり、そう言う風なことが望みなのかも。だったら、あたしはそう言うプレイだってできるようにならないとね。
 だから、あたしはそのDVDを食い入るように見ていた。あまりにも集中していたから、玄関のドアが開く音と妹ちゃんの元気な「ただいまー」って声でびっくりしちゃった。
 あ……そういえば、あの時のDVDって片づけられなかったのよね。あれは失敗だったなあ。