今日の長門有希SS

 4/224/24の続きです。


 不思議とは、現在の科学や常識では説明できない物事である。とある現象や存在が不思議であるためにはそれがありふれたものであってはならないので、身近に発見できるようなものではない。
 と、子供でも説明してやれば納得できるであろうこの理屈を理解できているのかわからないのが今俺の手を握っているハルヒだ。俺たちは不思議を探すためにと週末ごとに駅のあたりをぶらついているが、そう簡単に見つかるようなら不思議とは言えないだろう。
「ほら、さっさと行くわよ!」
 しかしながら、満面の笑みで俺の前を走るハルヒを見ているとなぜだか指摘する気がなくなる。まあ誰かに大きな迷惑をかけるわけじゃない。
「それじゃ、ちょっと聞いてくるわ」
 ハルヒは握っていた手を離し八百屋の店主に近づいていく。あまり客の多い店じゃないのは確かだが「こんなんでやっていけるの?」とはさすがに失礼じゃないのか。
 しかしながら、思ったことをそのまま口に出すハルヒを気に入ったのか、店主はにこにこ笑いながらハルヒに応対している。客が少なくて暇であるとか、性格を知っている俺でも綺麗だと言わざるを得ないハルヒの容姿がそうさせているかも知れないが、怒鳴られて追い払われるよりはいい。
 笑顔で歓談するハルヒと店主を離れた位置から眺め、手持ちぶさたになった俺は何気なく携帯をポケットから出し――いつの間にかメールが来ていたことを知る。電車に乗った時にバイブ機能に切り替えてあったのだが走っている最中で気が付かなかったのだろう。制止している時はともかく、歩いたり走ったりしていると例え音楽が鳴っていても気づかないもので、ハルヒに手を引かれていたあの状態なら設定できる最大の音量にしていたとしてもメールを着信しているとわからなかったに違いない。
 それはさておき、ディスプレイを確認して嫌な予感がした。そこには、今別れたばかりの古泉の名前が表示されていたからだ。
『子宮連絡を』
 その文面は古泉の焦りを如実に表現している。俺のことなど忘れたかのようなハルヒの様子を確認し、八百屋から少し遠ざかって古泉の番号をコールする。
「お待ちしていました。そちらは今、どのような状況ですか?」
ハルヒが八百屋の店主に潰れない理由を聞いてるところだ。そっちはどうなんだ?」
「ええと……」
 電話越しに言いよどむ声に不安が募る。
「ひょっとして、そっちで何か起きてるのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですが」
「じゃあどうしたんだ?」
「せっかくこちらに来たのでたこ焼きでも食べようと言うことになりまして……」
 気が抜ける。
「何をやってるんだお前たちは」
「いえ、涼宮さんに何も指示をされていなかったもので」
 そういやハルヒは何も説明しないで走り出してたよな。しかも俺だけの手を引いて、残りの団員は置きっぱなしだ。
 まあ何か探せと指示を出していたところで行動は変わっていなかったようにも思えるが。
「で、わざわざ連絡してきたのは何か用事があったんじゃなかったのか?」
「そうです、伝えたいことがあったんですよ。あくまでも可能性があるというだけなんですが、用心しておいた方がいいかと思いまして」
 メールで打ち間違えをするほど急いでるはずなのに相変わらず古泉の口調は回りくどい。
「今回、涼宮さんは不思議なものを見つけようとしてこの商店街まで来ていますよね。だから、本当に何か発見してしまうことも否定できません」
「ちょっと待て、そりゃ一大事じゃないのか」
「ええ、一大事です。こちらでも何か対処法を考えているところですが、まさかここに来ると予想できず後手に回ってしまいまして、うまくいくかわかりません」
 そんな状況なのにたこ焼き食ってる場合なのか。
「あ――」
 驚いたような古泉の声が聞こえたかと思いきや、受話器からはごそごそと物音だけが聞こえる。
「おい、どうしたんだ古泉」
「違う」
 電話の声は古泉よりももっとお馴染みの声。
長門、手短に頼む」
 話が終わったのだろう、こちらに向かってくるハルヒを視界の片隅に捉えながらそう言うと、しばしの沈黙の後に長門はこう言った。
「たこ焼きだけじゃなくお好み焼きも食べている」
 心底どうでもいいな。
「誰に電話してたの?」
「古泉だ。お前、何も言わずに置いてきただろ」
「あー、そうだっけ。まあ古泉くんたちなら言わなくてもちゃんとやってるわよね」
「そうだな。向こうは向こうでよろしくやってる」
 粉ものを満喫しているらしい。
「で、どうだったんだ?」
「商店街って食べ物屋が多いじゃない。そういうところに売ってるからけっこう繁盛してるんだって」
「そうか」
 言われてみれば納得だ。このあたりの店が買うなら朝の早い時間に買っていくだろうし、俺たちがぶらつくような時間にはメインの客はやってこないのだろう。
 もしかすると、長門たちが食べているたこ焼きやお好み焼きにもここの野菜が使われているのかもな。
「そうそう、これもらったからあんたにもあげるわ。あそこの大将ったらおかしいのよ、あたしとあんたをね――」
 上機嫌で話してくるハルヒの声が耳から耳へと抜けていく。俺の視線は差し出されるそれに釘付けになっていた。
「ちょっと、聞いてるの?」
「いや、すまん」
「もう」
 頬を膨らませるハルヒの顔に一瞬だけ目を奪われるが、やはり再びハルヒの手元に戻る。
「で、それはなんだって?」
「二人で食べなさいってもらったのよ。ほら、一本はあんたのよ」
 路上で食うと周りからどう見えるのかわからないが、そう言われて断ることはできず、俺はハルヒの手からキュウリを一本受け取った。