今日の長門有希SS

「それじゃあ今日はここで解散!」
 夕方、SOS団の活動が終わった俺たちは特に何か事情がなければ途中まで固まって帰る。というのも、途中のハイキングコースは寄る場所もなくほぼ一本道であり、帰る時間が同じならば別々に帰る理由などないからだ。もし別々に帰ったとしても同じ道を通るのだから当然お互い視界に入り続けるわけで、妙に気まずい時間を過ごすことになるだろう。そういった理由があったりなかったりで、俺たちは全員が共通して通る場所まで歩くことになるわけだ。
「あら、有希なんでそっち行くの? 有希のマンションってあっちでしょ?」
 と、そこでハルヒが不思議そうな声を上げる。本来、長門が帰るべき方向は、今歩いている方向とは逆である。加えて言うなら俺と同じ方向に歩いている。
「今日はいつもより時間が遅いから買い物をしてから帰る」
 活動時間はハルヒの気分次第で決まるので、このあたりに到着する時間は決まっていない。確かに今日は普段より少々遅い。
「そう、買い物……」
 ハルヒが腕を組んで、歩き出す。
 俺たちと同じ方向に。
「ちょっと待て、お前こっちだったか?」
「有希の私生活が心配なのよ。今からスーパー行って値引きされた弁当を買うんじゃないでしょうね。売ってる物だけじゃ栄養とか偏るわよ」
「今日は私が作る予定」
 長門がなぜ私の部分を強調したかというと、長門家の食卓に上る料理の何割かは俺が手がけたものであるからだ。今のハルヒと同じ心配をした俺が押しかけ女房のように長門の部屋で飯を作り始めたのがきっかけで、今や同棲と言われても否定できない状況になっている。
 何はともあれ俺は安堵の溜息をもらす。今日が俺の食事当番でなくてよかった、と。
「有希が作るの? ふうん、今日は何を作るつもり?」
「まだ決めていない。献立の案を求める」
 と、俺の方にぐるりと顔を向ける。
「ちょっと、なんでキョンに聞くのよ。キョンに食べさせるわけじゃあるまいし」
「いや、長門はまだ料理に慣れてないから、俺の今までの食生活からバランスとかそういうのを考慮したアドバイスを求めてるってことだろ?」
「……」
 首を捻るな。
「じゃあ、ハルヒ。お前ならどういう料理がいいと思う?」
「そうね……あったかくなってきたし、バーベキューとかどう?」
 どこでやるんだよ。それに、バーベキューとかそれこそ栄養が偏りそうなもんだ。
 第一、バーベキューセットなんて……
「マンションに戻ればある」
 あるのかよ。
「そりゃいいわ! 早速、みくるちゃんと古泉くんにも連絡して、今日はバーベキューやるわよ!」
 長門の了承も得ないで携帯を取り出し、朝比奈さんや古泉に材料を持って集合するように連絡をするハルヒ。この行動力には頭が下がり、そのまま俺はうなだれてしまう。
「……」
 どうした、長門
「スルメはバーベキューのうちに入る?」
 食いたければ焼けばいいんじゃないのか。


 それから小一時間後、俺たちはバーベキューセットを囲んでいた。椅子はないのでブロックを積み上げて木の板を置いてベンチ風の物を作り、そこに座っている。
「……」
 宣言通り、長門は金網の片隅でスルメをあぶっていた。酔っぱらいみたいだな。
「ほら、どんどん肉焼いて食べるわよ」
 少々値段の張る肉を片っ端から網の上に並べていくハルヒ。つーか、その手の肉は絶妙な焼き加減で食うのが美味くてだな、そんな風に大量に焼いたら何割かは焦がしたりしてまずくなるぞ。
「ケチケチするんじゃないわよ。そんなんじゃ大きな人間になれないわ、あんたなんか一生サラリーマンで奥さんの尻に敷かれて過ごして、老後は縁の下でお茶すすって庭眺めてるのよ」
 肉の焼き方一つでその後の人生まで決まるとは驚きだな。しかし、結婚して庭付きの家に住んでいるのならそれなりに悪くない人生なのかもな。
 て、縁側でなく縁の下か。俺はネズミか何かか。
「……」
 どうした長門
「あなたは顔面騎乗が好き」
 例えそういう事実があったとしても、この場では発言しなくていいぞ。何しろここにはSOS団だけじゃなく、どんな小さな声でも聞き漏らさない奴がいるからな。
キョンくんってそういう……」
 ほらな。
 なぜ朝倉がいるかと言うと、このバーベキューセット及び椅子代わりのブロックや板が朝倉の私物だからだ。こんな物を部屋から持ち運んでいる様子を玄関のところにいる管理人に目撃されると不審に思われかねないので屋上に持ち込んでバーベキューを決行したわけだが、考えてみるとバーベキューセットを運搬しているよりも、屋上でバーベキューをやっているのを目撃される方がまずいのではなかろうか。
「見つかったら逃げればいいのよ」
 それで済むものなのか。目撃情報から高校に問い合わせが言って、SOS団の仕業だとばれたら困るんじゃないかね。
「大丈夫。その点はぬかりない」
 長門がそう言うのなら心配はない。
「このバーベキューセットには持ち主の名前を彫ってある。追求の手は犯人が発覚したところで止まる」
 そうか。


 まあ、実際のところは特にトラブルもなく、楽しくバーベキューを満喫できた。