今日の長門有希SS
人前でやるべきではない行為はいくつかある。例えば通勤通学の電車で化粧をしている女性もいるが、朝の時間は貴重だし忙しいのもわかるがあまり褒められたことではない。他には食後、堂々とつまようじを使って歯の間の掃除をする者もいるが、ああいった行為は他人から見えないように口元を隠して行うべきである。
これらはいわゆるマナーであり、注意すれば防げることではあるが、人間には自分の努力だけでどうにもならないことも存在する。具体的には生理現象だ。
「キョン、どっか痛いの?」
背後からの声にゆっくりと振り返る。
「どこも痛くはないぞ」
「ならいいけど、さっきからもぞもぞ動いてるから心配しちゃったじゃない」
いや、痛みはないが他の問題はあるな。
「ん? トイレ……はさっき行ってたわよね」
確かに前の休憩時間に俺はトイレに行っている。よく覚えてるなお前は。
「じゃあどっか悪いの?」
「なんでもない」
「ちょっと、そんな中途半端にやめられたら気になるじゃない。どっか悪いなら保健室行くわよ」
「そこまで大げさなことじゃないんだよ」
「倒れる奴ってのは大体そう言うのよね。だからキョン、なんかあるなら今のうちに言った方が身のためよ」
「わかった、少しでも問題があればお前に言う。それでいいだろ?」
「そうね。あんたは平団員なんだから団長のあたしをもっと頼りなさい」
とまあ、よくわからぬ方向に話が進んでどうにか回避したわけだ。もしそこでハルヒに押し切られて保健室に連れて行かれていたら、俺はありもしない病状をでっち上げることになっただろう。
「なあ長門」
ちょうど弁当が空になったところで声をかけると、長門は湯飲みに口を付けたままゆっくり視線を俺の方に移動させる。このタイミングまで待ったのは食事中にはあまりふさわしい話題とは言えないからだ。
「おならが出そうで困った時はどうすればいい?」
そう、先ほどの授業で挙動不審になっていたのはおならを我慢していたせいだ。
「我慢して体内にガスを溜めると体を壊す恐れがある」
いや、それはわかってるんだが、後ろにハルヒがいる状況ではなかなか出しづらいもんだ。まず音の問題もあるし、うまいことそれを回避できたとしても臭いは消すことができない。気づかれたら後から何を言われるかわかったもんじゃない。
「お前はどうしてるんだ?」
思い返してみると、長門が俺の前でおならをしていたという記憶はない。まあ長門ならどうとでも出来るのだろうが、少々気になるところではある。
「もしかして、出ないのか?」
「出ないわけではない」
長門ならば、と思ったがそうではなかったらしい。
「対処法はいくつかある。例えばガスから臭いの成分を分離し、便などと共に排出するとか」
確かに便は元々臭いのするものであり、おならの臭いが追加されても大した違いはないだろう。そもそも特殊なプレイの時以外は人前で出すものではないし。
「じゃあガスそのものはどうするんだ?」
臭いはなくなっても気体がなくなるわけではない。まあ長門ならそれを圧縮して気体や固体として排出することも不可能ではないと思うが。
「そんな危険なことはしない」
まあ、固体にするとドライアイス的なものになってしまうので、体内で生成して排出するには確かに危ないだろう。
「臭いのない状態ならば音さえ出なければ問題ない」
そりゃ確かにそうだが、がんばってすかそうと思っても音が出てしまうこともあるだろう。
「音の出る原因はガスが肛門の周囲の皮を振動させること」
なるほど、そこさえ動かないようにしてしまえば音は出なくなるわけか。しかしまあ、それは普通の人間にはできないよな。
「あなたにもできることはある」
長門はすっと立ち上がると、部室の片隅にあった段ボールをごそごそとあさる。それはハルヒが集めた様々なものが入っている箱で、必要なのかそうじゃないのか俺たちには区別のできないものがぎっしりと詰まっている。
「あった」
長門の手にはホースが握られていた。
「これを輪切りにして肛門に装着すれば音は出ない」
ちょっと待て。そんなの付けたら大を我慢する時に困るし、そもそもそんな太いのを入れたくはないぞ。
「大丈夫」
じわじわとにじり寄ってくる長門の顔が、表情がないはずなのにどこか笑っているように見えた。
「わたしも最初は無理と言ったけどあなたは大丈夫と言った。あなたもそのうち大丈夫になる」
そうして長門は、俺のベルトに手をかけた。