今日の長門有希SS

 2/182/19の続きです。


「おかえりー!」
 ドアを開けると、エプロン姿のイケメンが飛び出してきた。慣れた光景でそれほど驚きはしないのだが、どうやら飛び出してきた方が面食らっているようだ。
「……どちら様?」
 そいつは長門を指差して不思議そうな顔を俺に向ける。まあ、考えてみたら長門が女に見えていても不思議はないよな。
 疑問なのは、どうして長門が事情を説明していないと言うことか。
「教えてやれ」
「……」
 長門はゆっくりとこちらに顔を向ける。
「誰?」
 お前もか。


 三人でコタツを囲んで座っている。
「ふうん、長門さんが女の子になったと……」
「違う」
 朝倉の問いに長門は即答する。わたしたちとしてはそうでも、長門の方はあくまでも自分以外が変わったという認識を崩さない。
「まあ、ご飯食べながら話そうか。おでんも煮えてるよ」
「わかった」
 議論は後回しにして、朝倉の作っていたおでんを三人で囲むことになった。しかし、エプロン姿で甲斐甲斐しく料理を盛りつけるこの姿をクラスの女共が見たらどんな気分になるのだろうかね。わたしは既に見慣れてしまったけど、AAランクプラスとか表現していた谷口あたりは卒倒するんじゃないだろうか。
「さあどうぞ」
 黙々と箸を口に運ぶ長門を朝倉が興味深そうに見つめている。
「やっぱり長門さんぽいね」
 食べ方で判断かよ。他に判断材料はないのか。
「ほら、俺は長門さんのバックアップだからそんなに性能よくないし」
 そういう問題ではないと思うんだが。
 てか長門はわたしにだけ本来の姿で見えるようにしたって言ってなかったか?
「違う。わたしは情報操作により本来の姿になっていて、他人には性別が変わった姿で見えるようにしている。あなたたちは例外」
 まあ、そういう仕組みなら朝倉に女として見えていても不思議はない。
「その体になってもよく食えるな」
「元々こう」
 今の長門も今までの長門と比べて遜色ないほどの食べっぷりだ。細身だが背の高い長門ならともかく、わたしよりも小柄な長門がこう黙々と食べているのを見ると不思議な気分になる。朝倉ではないが、この食べ方で長門だと判断できなくもない。
長門さんが言うなら嘘じゃないと思うけど、いまいち実感がないよね。俺たちが仮の存在ってさ」
 戸惑うような、少しだけ寂しそうな、なんとも表現しがたい表情で朝倉は呟いた。
 長門に言わせると、わたしたちは「消えてしまう存在」で、そのことを知るのは長門とわたしだけだった。まあ、あれから別にわたしたちは消えることもなく何事もなく暮らしていてそんなことをすっかり忘れていたのだけど、聞いた時は少しだけショックだった。
 もしわたしたちが消えたり作られたりしているのなら、わたしはともかく朝倉くらいは気付きそうなものだし、やっぱり今の長門の勘違いなのではないだろうか。
「……」
 長門は箸を置いてじっと下を見る。
「……」
 そして器を持ち上げ、お玉を持って鍋をかき混ぜて、肉団子や白滝など、いくつかの食材を器に入れる。
「……なに?」
 聞いてなかったのかよ。
「まあ、俺たちが消える存在だってのはあまり他の人には言わない方がいいだろうね。今回は不可抗力だけど」
 サプライズおでんのために情報操作をしていたのが、長門が朝倉の存在に気付かなかった原因だ。つーかわたしたちが外食してきたらどうするつもりだったんだろうな。
「明日まで煮込むからいいけど」
 そうかい。
「この件は俺たち三人だけの秘密にしよう。特に知られちゃいけないのは――」
「話は聞かせてもらいました」
 どこからか爽やかなイケメン声が響く。部屋の片隅にばちばちと火花と共に青っぽいぬいぐるみが現れたかと思うと、その口から見覚えのある人物が滲み出てくる。
 まあ、このような登場をするお方をわたしは一人しか知らない。
「どうもこんばんは」
 現れたのはエミリオ・喜緑・ホンジェラス先輩に他ならない。
「今日はまたおかしな登場ですね」
情報統合思念体デパートから新しい道具が届いたから試してみたかったんですよ」
 その青っぽいぬいぐるみの名前は聞かない方がいいんでしょうね。
「どこでもドアラがどうかしましたか?」
 どうもしません。
「水くさいじゃないですか、こんな面白そうなことを教えてくれないなんて」
 今回のことはただでさえ厄介だが放っておけば解決する事態だ。しかし、このお方が知ればそれがおかしな方向にこじれてしまうだろう。
「さて」
 エミリオ先輩はコタツに入り、朝倉に顔を向ける。
「器をくれませんか? おでんパーティに参加したいので」
 そっちかい。
「どうかしましたか?」
「いえ」
 気付いていないなら教える必要はない。でかい寸胴鍋のおかげで、エミリオ先輩の位置から長門は死角になっているようだし、このまま長門の性別が違うことに気付かず満腹になって帰ってくれれば――ってどうした長門
「あれは誰?」
 声を出すなって。


 まあ当然というかなんというか、それでエミリオ先輩に気付かれるのであった。