今日の長門有希SS

 1/21/3の続きです。


 あれから二日ほど経過した。
「明日には正常に戻る」
 食事を終えた長門がそう断言する。しかし、わたしにとっては今の状況が当たり前なので、正常に戻ると言われても実感はない。
 世界が五分前に作られた可能性がある、と古泉は言っていた。それと全く同じ状況というわけではないのだろうが、女として生きてきたこの記憶はある瞬間に作られたのだろう。
「そうか」
 その時はそう答えただけだ。


 教室に戻るとハルヒコが机に突っ伏している。飯を食って眠くなるとは動物みたいなやつだ。
 大して努力をしなくてもテストで高得点を取れるこいつにとっては、授業の時間は退屈なだけなのだろう。だから、放課後の楽しい時間まで眠って過ごすのは合理的と言えなくもない。まあ、楽しいと言ってもいつも通りなんとなく過ごすだけで、取り立てて何かをやっているわけじゃないんだけど。
 俺が男だった時、つまり長門が有希でありハルヒコがハルヒであり、朝比奈さんがメイドだったり古泉が男だった時にどんな状況だったかは長門に聞いている。ハルヒコは女でもこんな性格らしいし、朝比奈さんや古泉も今のまま男女を入れ替えたような感じだそうだ。まあそれを聞いても何かを思い出せるわけでもないし、いまいち実感はないのだが、それでも似たり寄ったりな世界だというのはわかった。
「部室行くぞ」
 引っ張られるように、もとい引っ張られて部室に向かう。授業はいつの間にか終わっていたようだ。
「どうかしたのか? 昨日あたりから様子がおかしいぞ」
 ハルヒコは乱暴で大雑把なくせにSOS団のことになると勘がいい。
 しかし、まさかお前が女だったらどんな感じなのか考えていたなんて言えるはずもない。
「わかったぞ、今日で二日目だな」
「違う」
 つーかそれはお前だ。生理痛が重くて性別をひっくり返したのはお前だろう。
「怒るなって。冗談だよ冗談」
 黙っているわたしを見て勘違いしたらしい。まあ、ハルヒコにだけは言える話じゃないので、そう思っていてくれて結構。
 ちなみに今回は長門の提案で朝比奈さんや古泉にも話していない。放っておいても解決するのはわかっているし、下手に知っている者を増やしてはハルヒコに感付かれる恐れがあるとのことだ。実際、男だった記憶がなく普段通りにしているわたしでさえハルヒコに怪しまれているくらいだし、朝比奈さんに教えたら結果は火を見るより明らかだ。
 この放課後、何事もなく過ごせばいい。いつも通り、わたしにとってはいつも通りにな。執事姿で給仕をして回る朝比奈さんのお茶を飲み、パソコンをいじっているハルヒコが何か妙なことを思いつくんじゃないかと様子をうかがいつつ、古泉と将棋などに興じる。
「あら、こちらはいいんですか?」
 古泉の手がひょいっと盤上の飛車をつまみ上げる。考え事をしていたせいでおろそかになっていたようだ。
「どうかしたんですか?」
 やれやれ、ハルヒコだけじゃなく古泉にも様子がおかしいと思われているようだ。
「別に」
「あの日なんだってさ」
 ハルヒコがにやにやしながらこちらを見ている。デリカシーのない奴。女だったらどうなっちまうんだよ。
「それは妙ですね」
 古泉は芝居がかった仕草で口元に手をそえる。
「確か、あなたは先週終わったはずでは」
「何で人の周期を知ってるんだお前は!」
 がちゃんと音が鳴り、朝比奈さんの足下にトレイとカップが散らばっている。顔を赤くして片づけているが、とりあえずカップは割れていないようなので一安心……てか、赤面したいのはこっちだ。
「簡単な話です。体育の授業が一緒ですから」
 そういや先週の体育は腹が痛くて休んだような気がするな。いや、先週だけじゃなく今までだって何度か休んでいるし、何日ごとにやってくるのか把握されている恐れもある。そう思うとにこやかに笑う古泉が妙に気色悪く思えてきた。
「へえ、終わったばかりってことは今は安全なのか?」
 何を言ってるんだお前は。まあハルヒコにデリカシーを期待するのが間違っている。
「その考え方は正しくない。排卵と月経が同時に行われるわけではないから」
 そして何を淡々と解説してるんだ長門。まあ、わたしがどのあたりが危険で安全かってのは長門に教わって知ったわけだが。
「一般的に危険なのは月経二週間前、安全なのは一週間前あたりと言われている」
 ちなみに長門は情報操作を行い妊娠の危険のない液を放出することが可能だ。いや、今はそんなことはどうでもいい。朝比奈さんも赤くなってどうしていいかわからなくなっているみたいだし、ここらで話を変えようじゃないか。
「えーと、じゃあ今はキョン子はどうなんだ?」
「そろそろ危険」
 もう勘弁してくれ……