今日の長門有希SS

「や、やめてくださぁい!」
 ノックをしようとしたが内側から聞こえた声でつい手を止めてしまった。今聞こえてきたのは朝比奈さんの声であり、それを出させたのは恐らくハルヒだろう。
 またハルヒが朝比奈さんに危害を加えているなら止めなければならないが、不用意に踏み込むのは命取りだ。ハルヒの機嫌を損ねてねちねちといびられるのもあるが、朝比奈さんが着替えをしている途中の可能性があるのだ。もちろん朝比奈さん自身にも申し訳ないのが一番だが、それと同時に長門のあずかり知らぬところで他の女性の裸を見るのが忍びないというのもある。
 と、そのようなわけで対処法を考えなければいけない。踏み込むべきか、外からやめさせるべきか。このまま放っておけばハルヒがどこまでもエスカレートしてしまう可能性があるので、出来るだけ努力すべきだろう。
「ほら、みくるちゃん逃げないの!」
 逃げるなと言っている割に足音は聞こえてこないので、走り回っているわけではないようだ。となると座った状態で押さえつけられている可能性が高い。
「逃げたら揉めないじゃない。じっとしてるのよ!」
「だ、だめですぅ」
 揉むという言葉から連想するのは朝比奈さんの豊満な胸である。だが、いくらハルヒでも部室でそんな非常識なことは……とは言い切れないのが恐ろしいところだな。何しろ初めて朝比奈さんを連れてきた時に揉んでいたという前例がある。
 しかし、まさかそんなベタなことはしていないと俺は思う。恐らくハルヒは朝比奈さんの肩でも揉もうとしているのだが、朝比奈さんとしてはハルヒにそんなことをさせるのが申し訳ないとか、変に力を入れられて痛くなったりするのを心配して断っているのだろう。
「ほら、固くなってるじゃない。黙って揉ませるのよ」
「ふ、ふあぃ」
 どうやらこれで決まりだ。胸が大きいとこりやすいと言うし、日頃の雑用を考えると肩がこっても仕方ない。そしてハルヒがそれに気が付いてたまには肩でも揉もうと思ったのだ。
 何とも微笑ましいことではあるが、本人が嫌がっているなら止めるべきだろうか。嫌がっているというより遠慮していると言ったほうが正しいのかも知れないが、ともかくハルヒに肩を揉ませておくと朝比奈さんはかえって恐縮して肩がこってしまうのではなかろうか。
 というわけで、そろそろ止めに入ってもいいだろう。俺はドアに手をかけた。
「おいハルヒ、朝比奈さんが嫌がって――」
 その光景を見て俺は絶句する。
キョン! なに勝手に入ってきてるのよ!」
 俺と同じく硬直していた朝比奈さんだが、一瞬早く復活して、
「閉めてくださいー!」
 胸を両手で覆ってそう叫んだ。
「す、すいません!」
 慌てて俺はドアを閉めた。
 まさか、本当に胸を揉んでいたとは……しかも上着を脱がした状態である。さすがに下着までは外していなかったが、見ていい状態でなかったのは確かだ。
 こんなところ、長門にでも見られたら……
「何をしていたの?」
 ぽんと肩を叩かれて心臓が止まるかと思った。もちろん声の主は振り返ることもなく長門である。
「いや、えーとだな……」
 どう説明したものだろうか。服が脱げた状態の朝比奈さんを見てしまったのは故意ではない。偶発的な悲しい事故だと言えよう。
 それに、俺にはやましい気持ちなどなかった。ちゃんと説明すればわかるはずさ。
「いや、それは誤解で――」
 ゆっくりと振り返り、長門の顔を見て俺は言葉を詰まらせる。
 長門の表情はいつも通りである。しかしながら、俺は弁解を続けることはできなかった。
「聞き耳を立てて部室の中をうかがい、ちょうど涼宮ハルヒ上着を脱がせたタイミングでドアを開けたのはなぜ?」
 ああ、そう見えてしまうのか……