今日の長門有希SS

 11/2511/27の続きです。


 さて、一体どんな理由があればこの本を日本中の各ご家庭にお届けしようと思うのかね。ハルヒは宣伝されていた内容が掲載されていなかったとご立腹だったが、それがどうしてこのような自体に繋がるだろう。
「教科書の内容が変わってしまいそうですね」
 古泉の視線を追うと、長門は社会科の教科書を開いていた。
 この本は今まで通説とされていた歴史についてつっこみを入れているものであり、もしハルヒがその内容を全面的に信用するのなら、確かに教科書の内容が書き変わっていてもおかしくない。世界的には大事件なのかも知れないが俺たちにとっては覚えた内容が次のテストで使えるかどうかということがまず心配だ。
「涼宮さんも含めてこの冊子が届いていなかった家庭があるのですが、恐らくそれらはこの第一巻を既に購入した家庭だと思われます」
「間違いないのか?」
「はい。『機関』にたまたまこれを既に買っていた者がおりまして、彼女の家にはこの本は届いていませんでした」
 それならきっとそうなのだろう。
「騒ぎにはなっていないのか?」
「ええ。涼宮さんに直接関わっていない者にとっては、これはそれほど不思議な事態ではないようです」
 どんな理由があればこれが突然送りつけられても動じないのかわからないが、そのあたりがハルヒの能力の無茶苦茶っぷりなのだろう。
「どうしてこうなってるんだ?」
「涼宮さんの不満がトリガーとなっていたのなら、やはりその不満を取り除くためでしょう」
 ハルヒは一巻に読みたかった内容が収録されていなかったのと、続刊が高いことに不満を持っていたはずだ。それがどうしてこう繋がるんだ?
「涼宮さんは続刊を無償で手に入れられることを望んでいるようですね。ですが、自分だけただで手に入れられる事態はあり得ないので、この雑誌が各家庭に配布されるようになれば自分もそれを手に入れられると考えたのではないでしょうか」
 壮絶なバカだな。
「しかし、この考えには大きな問題があります。まず問題となるのは、この雑誌を発行している会社にそんなことを続けるだけの資金があるか。また、それにどのようなメリットがあるのかわかりません」
 全くもって意味のわからない事態だ。そもそもこれが受け入れられているってのは、どういう事情があるってんだ?
「わかった」
 長門がぽつりと口を開いた。教科書を開いたまま、じっと俺の顔を見ている。
「何がだ?」
涼宮ハルヒの持っていた不満と、それによって引き起こされたこと」
 あいつは雑誌の内容に不満を持っていて、それを全国の家庭に配布したんだよな。
「それは引き起こされている状況に比べて些細なこと」
 もっと大きな何かが起きてるってのか?
「そう」
 長門くるりと朝比奈さんに顔を向けた。
朝比奈みくる。あなたに問いたい」
「え? あ、はい」
「この時代の経済を、未来であなたはどう教わった?」
「えっと、その……」
 朝比奈さんは聞かれたことがわからないように視線を泳がせてから、
共産主義、ですけど……」
 と答えた。
 共産主義
 答えた朝比奈さんは不思議そうに俺たちを見ている。クイズ番組で出てくる誰でもわかるような問題を答えて、それが間違っていた時のような顔だ。
「この国は共産主義経済であることが当然になっている。現在だけでなく、過去未来を含めて」
 何がどうなってるんだ。
涼宮ハルヒは資本主義経済に対する不満を口にしていた。この雑誌の創刊号に宣伝されていた内容が掲載されておらず、次回以降に掲載されることがアナウンスされていたから。だから彼女はこう考えた」
 長門はそこで一呼吸おく。
「仮にこの国が共産主義経済ならばそのような商売はなくなるだろう、と。そして共産主義経済ならばこの雑誌が自分を含めた全国民に行き渡ることになるのだろうと」
 壮大な話のわりに目的があまりにも小さくて頭が痛くなってきた。そして共産主義経済を勘違いしている気がするのだが。
「本来の意味と涼宮ハルヒの認識に相違がある場合、涼宮ハルヒの認識が優先される」
 まあよくわからないが、ハルヒにとって矛盾がなければいいのだろう。
「古泉、このままだとどうなるんだ?」
「そうですね、涼宮さんの欲しいものが全国民に配布され続けることが予測されます。そして、その資金は恐らく国庫から支払われることになるでしょう。日本経済にとってあまりいいとは言えません」
 古泉のニヤケ面も引きつり気味だ。
「えっと、ちょっといいですか?」
 俺たちの会話をきょろきょろしながら聞いていた朝比奈さんが遠慮がちに手を挙げる。
「ひょっとして、資本主義陣営なんでしょうか……」
「そうです。少なくとも俺たちは高校受験の時にそう習ってました」
 俺の話を聞いても朝比奈さんは信じられなさそうな顔だ。まあ、日本が共産主義だってのも俺には無理がある話だと感じられるのだから、その逆の立場なのだろう。俺たちと朝比奈さんの認識に違いが生じている理由はよくわからないが、本来属しているのが未来だからだろうか。
「ところで、経済を元に戻すにはどうすればいいんでしょうか」
 古泉がそう切り出す。事態の把握も大切だが、どう立て直すかが一番の問題だ。
ハルヒが資本主義がいいって思えるようにすればいいんだろうな」
 どうやるかはわからないが。
長門、そうするためのいい方法はないか?」
「難しい」
 ゆっくりと首を横に振る。
 長門にそう言われてしまうとお手上げだ。このまま共産主義経済の世の中を過ごすことになるのかね、と思っていると長門はこう続けた。
涼宮ハルヒの考える共産主義の欠点を実感させる方法ならある」