今日の長門有希SS

キョン、どうかした?」
 授業が終わったところでハルヒに声をかけられる。
「何の話だ?」
 ハルヒに何か指摘されるようなことには心当たりがない。
「授業中、腕とか掻いてたでしょ」
 身に覚えはないが、後ろに座ってるハルヒがそう言うのなら、実際に掻いていたのだろう。
「最近乾燥してきてるんだから、多少は気を付けなきゃダメなのよ」
 まだ高校生なんだし、それほど気にすることもないと思うんだけどな。
「そんなんじゃ、気づいたときには手遅れになってるのよ。手見せなさい」
 言うが早いかハルヒは俺の手を引っ張り、袖をまくってまじまじと見る。
「掻いて赤くなってんじゃない。なんか塗ってケアしないと、気づいた頃にはぼろぼろになって手遅れよ」
 いきなりそうはならないだろ。なんか健康バラエティでも見たのか?
「唇も乾いてるわね。リップクリームは……持ってないでしょ」
 ハルヒは俺が頷くのを見てふうと溜息。
「仕方ないわね」
 ハルヒは自分の鞄の中に手を突っ込み、しばらくもぞもぞとしてから何かを俺の顔の前に突き出す。
「ほら、使いなさい」
 近すぎてわからなかったので少し顔を話してみると、ハルヒの手の上にあったのはリップクリームだった。
「嫌そうな顔すんじゃないわよ。まだ使ってないやつだから」
 別に嫌そうにしていた覚えはないのだが、目の前に出されてよく見えなかったからそんな顔になっていたのかも知れない。
「悪いな」
 ハルヒから受け取ったリップクリームを塗ってみる。あまり塗り慣れていないせいか、少し違和感があるな。
「それあげるからケアしときなさい。最近は男物のやつだって売ってるくらいだし、そういうのちゃんと気を付けないとダメよ」
 それからハルヒはくどくどと、SOS団員としての自覚が足りないとかしばらく俺に説教し続けた。
 団員の自覚、ね。確かに古泉は身だしなみには気を遣っているような気がするな。朝比奈さんはケアをしなくても肌の潤いを保っていそうだ。
「ほら、ちゃんと聞いてんの!?」
 へいへい。


 そんな日の昼休み。
「何か?」
 弁当を食い終わり、お茶をちびちび飲んでいた長門が不思議そうに首を傾げる。
「いや、大したことじゃないんだが」
 思い返していたのは先ほどのハルヒとの会話だ。肌荒れを指摘されてリップクリームを渡された事情を説明する。
「ここのところ、空気が乾燥している」
 暖房を使っているから仕方がないことだ。乾燥すると着火し易いため、冬には火事が増えるんだったか。
「お前も気を遣っているのか?」
「あまり」
 長く一緒にいるが、長門がリップクリームを塗っている姿は見たことがない。別に塗る必要もないのだろう。
「気になるようなら加湿器でも買う?」
「いや、いい」
 わざわざそこまでする必要もない。リップクリームもあるし。
「それ、ちょっと使ってみたい」
「ああ」
 ポケットから取り出して渡す瞬間、ふと「間接キス」という言葉が脳裏をよぎって手が止まってしまった。
「俺が使ったやつだけどいいのか?」
 すると長門は、不思議そうに見返して、
「今更気にする必要が?」
 そうだな。