今日の長門有希SS

 10/2010/22の続きです。


 古泉と別れてしばらく歩き回り、先ほど話題に上った未来人であるところの朝比奈さんが本棚とにらめっこしているのを見つけた。
「あ、キョンくん」
 俺に気づいた朝比奈さんはにこりと笑う。何やら真剣に吟味しているようなので邪魔しないよう素通りしようと思ったのだが。
「何を探しているんですか?」
「恥ずかしいから見ないでください」
 本棚を隠すように両手を広げて立ちふさがるが、朝比奈さんは小柄だし、そもそも人間の体で隠せるほど狭い範囲ではないだろう。
 体ごしに見えたラインナップには、料理の作り方などの本が並んでいた。
「何か新しい料理を作るんですか?」
「そうじゃなくて、お茶請けのお菓子を作ろうかなぁ……って」
 放課後、部室で過ごす際はメイド姿の朝比奈さんがお茶を入れてくれるのが恒例となっている。そこにお茶菓子などがあれば、更にお茶が美味く感じられそうだ。
「持っていくまで秘密にしたかったのに」
 拗ねたような声で言う。
「みんなには内緒、ね」
「わかりました」
 これ以上長居してもよろしくないので、俺はその場を立ち去ることにした。
「楽しみにしてます」
「はい、楽しみにしててください」
 朝比奈さんが何か作ってくるつもりなのは知ってしまったが、それで楽しみがなくなったわけではない。いつ部室に持ってくるかもわからなければ、そもそも和菓子か洋菓子かもわからないのだから。


 さて、長門に付き合って図書館には来る機会は多いのだが、あまり真剣に本を探すことのない俺にとってはこの図書館は未知の空間である。どこにどんな本があるのかわからず、あてもなく彷徨う。まあ、何か目的としている本があれば掲示されているジャンルを参考に探すのだが。
「お」
 分厚い本を抱えてこちらに歩いてくる長門を見つけ、救われたような気分になった。
「何か面白そうなのを見繕ってくれないか?」
「わかった」
 くるりと体を反転させた長門の後に続く。そこからあまり遠くないところで長門は立ち止まり、本棚から一冊の本を抜き取る。ハードカバーの本であり、既に本を探して徘徊した時間を考えると集合時間までには読み終わらないだろう。
「オムニバスになっているから途中でやめることもできる。もし、興味があれば借りればいい」
 なるほど、それはいいチョイスだ。さすがだな長門
「まかせて」
 何となく誇らしげだ。なんとなく頭をなでてやると、長門は嬉しそうに目を細める。
 しかしながら図書館であまりいちゃいちゃしてもいられないので、俺たちは選んだ本を読むため椅子やテーブルのある場所へ移動する。
「あら、一緒だったの?」
 先に座っていたハルヒがこちらに気づいて顔を上げた。ハルヒの前には開かれた雑誌が置かれている。
「いいのが見つからなくて歩いていたら途中で会ってアドバイスしてもらったんだ」
「ふうん」
 ハルヒは口をとがらせるようにして「あんたも先に選んでもらえばよかったのに」と言う。しかし、到着するまでずっと長門を独占していたのはお前じゃなかったか。
「そうだったかしら」
 そうだ。
 で、お前は長門とあれだけ話して何を持ってきたんだ。
「これよ」
 ハルヒが本を持ち上げて俺に表紙を向けた。
「それは……」
 そこに書かれているタイトルは俺も知っている。かつて地球上にあって既に失われたとされる大陸の名前を冠したそれは、怪奇現象や未確認生物などハルヒの好きそうな不思議を特集している。
 って、そんなのハルヒに読ませたらどんな悪影響が生じるかわかったものではない。長門の顔に視線を送ると、長門はふるふると首を左右に振る。
「あ、これはたまたま途中で見かけたから読んでるだけ。有希に聞いた小説は借りて家で読むことにしたから」
 思わぬ誤算だった。図書館ならば余計なことは起きないだろうと思っていたのだが。


 しかしながら、思ったよりは面倒なことにはならなそうだった。たまたまその号は映画の紹介だったらしく、本を読んでる横で「そのうちSOS団で観に行くわよ」とかささやき続けられる程度の被害で済んでくれた。
 本に集中できずほとんど読めなかったのは大したことじゃないさ。