今日の長門有希SS
放課後はSOS団の活動である。今日は少々話し込んでしまって教室を出るのが遅れてしまい、先に出ていったハルヒに何を言われるかと考えると少々気が重いが、部室に行かなければそれ以上にうるさく言われるのが確実なのでどうしようもない。
いつもの慣れた廊下を通って部室の前へ。すぐにでもドアに手をかけたくなるのだが、焦って開けてしまうとトラブルの元だ。着替え中でも施錠する文化を持たない朝比奈さんの着替えシーンをうっかり覗いてしまったりして、しかもそれをハルヒや長門に知られると困った事になってしまう。ハルヒならば肉体的な責め苦を味わう可能性があり、長門ならば後々精神的によろしくない。
ともかく、今回はそのようなうっかりをせずにドアをノックする。まだ着替えが終わっていなければもう少し待っていて下さいと、着替えが終わっていればどうぞと返って来る。朝比奈さんがいればそのどちらかであり、その他の人物ならば反応はまちまちであるが、着替えをするのは朝比奈さんしかいないので断られる事はない。
そのような事を考えながら待っていると、ガチャリと音が鳴って顔を出したのは既にメイド服に着替えの終わった朝比奈さんだった。
「どうぞ」
にこやかに微笑む朝比奈さんは小声で囁いた。普段とは少々違う反応だが、一体どうしたのだろうか。
「どうしたんですか?」
「涼宮さんが――」
最後まで聞かなくてもその理由がわかった。部室に入ってまず目に飛び込んで来たのは机に突っ伏して眠っているハルヒの姿だったからだ。その向かいに座る古泉はやたらと平和そうな顔で、長門はいつも通りに読書をしている。
騒動が服を着て歩いているようなハルヒだが、こうして眠っていれば面倒な事にはならない。そもそも眠っているハルヒを起こすような恐ろしい真似は誰にも出来ないし、このまま眠らせておいた方がいいのは間違いない。こいつに手を出すのは玉手箱やパンドラの箱に手を出すくらいに迂闊だと言えよう。
となると問題は定位置を奪われた俺がどこに行けばいいのかって事だ。ハルヒの隣は今は空いているが、お茶を淹れ終わった朝比奈さんのために確保しておいた方がいいだろう。
ハルヒが俺の場所を占拠しているのだからハルヒの席に座ればいいか。団長と書かれた三角錐のコーンをなんとなく横に倒してパソコンを起動する。
こうしてハルヒが眠っていると平和なもんだ。まあ長門はいつも通りではあるのだが、ハルヒを起こさないように静かにオセロをしている朝比奈さんと古泉を見ているとそれを感じさせられる。二人は向かい合わせではなく斜め向かいに座っているので非常にやりにくそうに見えるが、座る位置をどうにかすりゃいいんじゃないかね。
しかし、こうして黙っていると普段のイメージとは大違いだ。無邪気な顔して眠るハルヒは子供のようで、普段からこんな感じだったら俺達も楽なんだが。
妙に幸せそうな寝顔をしてるが一体こいつはどんな夢を見てるんだろうな。宇宙人や未来人や超能力者と楽しく遊んでる夢だとしたら、それは既に叶っているんだと教えてやりたいもんだ。
「キョン」
いきなり名前を呼ばれて妙にドキリとして「どうした」と答えたが、ハルヒはむにゃむにゃと顔を伏せて聞き取れないような事を口走っている。どうやら寝言だったようだが、そこだけはっきりとしていたから驚いて返事をしてしまった。
そういや、寝言に返事をするのは良くないって聞いた事があるな。なんとなくインターネットで調べてみると「眠ったまま起きなくなる」とか出てきた。
いや、いくらなんでもそんな事はないだろう。やはり起きなくなると言うのは迷信のようだが、それでも少しだけ嫌な気分になった俺は、ハルヒの横に行って体を軽く揺すった。
「ん――」
ゆっくりと目蓋が開く。しばらくぼーっと俺の顔や部室を見回してから「いい気持ちだったのに」と不機嫌さを露わにした。
それから活動時間中はずっと俺の方をにらみ付けており、やはり手を出すべきではなかったんだなとため息をついた。