穴埋め小説「ムービーパラダイス」87

 その翌日、学校に行くと、予想に反して安藤や尾崎が廊下にいた。
「安藤、どうやって出てきたんだ?」
「出るも何も、我々は警察機構に任意同行して、事情を話して帰って来ただけだ。おかしな事を聞くな馬鹿者」
 任意同行ではないし、刑を免れられる事情も無い気がするのだが。
「そもそも、あの服装は我輩にとって正装に等しい。正装で街を歩いていけないという法律でもあるのか!」
 正装で歩いてはいけないと言う法律は無い。ラバースーツは正装ではないが、確かにラバースーツで街を歩いてはいけないと言う法律も無いのは事実だ。
 しかし、尾崎は全裸の上にガウンを軽くひっかけただけの服装で、股間も思い切り露出されていた。それに関しては、追い剥ぎにあって服を奪われ、小粋なマフィアからガウンだけもらって帰る途中だったという話をしたら、警察も納得したという事だ。
 いや、警察が納得したというより、無理矢理に納得させたといった方が正しいだろう。安藤は要注意人物であり、この程度で我々を逮捕してしまうと、刑事はともかく民事で安藤に多額の賠償金を請求される可能性がある。だから、敢えて警察も、決定的な事件でないから放置したという事か。
「ちょっといい?」
 そんな事を思っていると、俺は担任に声をかけられた。眼鏡をかけたきつそうな印象の女だが、顔やプロポーションは良いため、男子生徒に人気がある。性格も普段は猫をかぶっているせいか、女生徒にも人気があった。
「教室に鞄を置いてくるから待――」
 俺の言葉も聞かず、担任は俺の腕をひっつかみ、ずんずんと歩いていく。しばらく歩き、人気の無い場所まで来たところで、担任は足を止めた。
「聞いたわよ、警察のご厄介になったって」
 相変わらず耳の早い事だ。
「二人は任意同行して、特に問題なく解放された事になっているらしいが」
「なってるわよ、確かに。書類上はね」
 ふう、とため息をつく。
「頼むから、問題起こさないでよぉ。私の立場が悪くなるんだから……」
 がっくりと肩を落とす担任。そう言えば昨日、俺や岡田君の早退をうやむやにする代わりに、問題を起こさないと言う約束をしたような気がする。
「昨日の早退はどうなるんだ?」
「知らない」
 ぷい、と顔を背ける担任。頬がふくれている。
「そんな仕草をしても似合わないぞ年増」
 ゴス。
 銃の握りで思い切り殴られる俺。
「早退は無しにしとくけど、もう問題起こさないでね!」
 言い放ち、ぷりぷりと立ち去る担任。しばらく頭を抑えてうずくまっていたが、予鈴が鳴ったので、俺は急いで教室に向かった。


 昼。いつも通り、四人で固まって昼食を食べる。
「しかし、何でイライジャは店を開いているんだ?」
「存在意義、というやつだろう」
 ふと疑問を口にすると、安藤が即座に答えた。
「それって、どういう事ナリ?」
「特殊な能力を持った者ほど、自分が何なのか考えるものなのだ。イライジャほどの能力なら、いつも考えている事だろう。貴様らは無いかね、自分がなすべき事を何もしていないと思い、何とも言えぬ不快感を抱いて目覚める事が」
 無い。
「イライジャほどの能力を持つ者にとって、それを発揮しないことは苦痛でしかない。あの店を経営することによってそれを解消しているというわけだ」
 そう言えば、特別なモノがどうとか安藤は言っていたな。
「閤骸の奴も似たようなものだ。何かおかしなものを作らないとストレスがたまるのだろう。まあ、迷惑な奴だが、役に立つアイテムもあるから放っておいてやってくれ」
 例えばこれなど、と言いつつ安藤は鞄からとても昼間に衆人環視の中に出すべきではないアイテムを取り出した。
 ひっ、と女生徒達の短い悲鳴があがるが、安藤なら仕方がないと思ったのか、無言で目をそらす。
「ところで、ムパラは閉店しないナリよね?」
 岡田君が不安げに言う。
「我々に秘密を知られてしまったせいで、どこかに行かなければ良いナリが……」
 確かに、秘密を知られてしまっては、イライジャはこの街に居づらいかも知れない。
「気を使わないようにしたつもりナリけどね」
 例の『おおキャプテン』はイライジャが秘密を知られた事を気に病んで閉店したりしないように、少しでも気分をやわらげようとしての行為らしい。
「それはそうと、拙者、素敵な本屋を見つけたナリよ!」
 立ち上がり、満面の笑みで叫ぶ岡田君。
「どんな本屋なんだ?」
「様々なエチ本があったナリ! 安藤が好きそうなラバースーツとか、尾崎が好きそうな巨乳の本もあったナリ!」
「ほほう……」
「それは面白そうじゃねぇか」
 すっと目を細める安藤に、ニヒルに笑う尾崎。
「まさか……行く気か?」
「禅は急げだ。次の授業の教師には我輩が言っておく、皆で行くぞ」
 禅ではない。しかも、次の授業は担任だから、また小言を言われるだろう。
「気が進まないのだが」
「眼鏡っぽい本もあったナリよ」
「行くか」
 というわけで、いつものように授業をボイコットし、俺達は新たな店に向かって学校を出ていくのであった。


[完]