穴埋め小説「ムービーパラダイス」85

「冗談はさておき」
 一番楽しそうだったのに、椅子に座るとまるで何もなかったかのように話を戻す雪之丞。
「その能力で、このビデオを記録してしまったわけですね」
 雪之丞は円卓の上にあった例のビデオを手に取った。
「そうだ……このラバースーツを見た瞬間から、記憶が曖昧になっている」
 険しい顔で考え込むイライジャ。
「だいたい、原因がわかりましたよ」
「本当か?」
 あっさりと言う雪之丞に、思わずくってかかるように問いかける俺。
「ええ、推測でよろしければ、説明したいのですが――」
 雪之丞はちらりと円卓の上に視線を移す。
「そろそろ下りて頂けませんか?」
 いまだに円卓の上でキャプテンキャプテンと連呼していた三人に声をかける。かなり狂っていた三人だが、予想以上に大人しく雪之丞の指示に従い、何事もなかったように椅子に腰掛けた。
 ちなみにイライジャは、あまりにおかしなテンションの三人についていけなかったのか、複雑な表情で苦笑していた。
「今回の件は、私の作ったビデオとイライジャ氏の能力がおかしな風に作用してしまった事で起きたのだと思います。このビデオは見ている人に極めて現実に近い夢を見せる信号を発するのですが、イライジャ氏がそれを現実にビデオから人間が現れた事実として記録してしまった事でおかしくなったのでしょう」
「なるほどな……我輩が再生しただけならば我輩だけが影響を受けたのだろうが、イライジャが介在した事で、世界そのものに影響を与えたわけかね?」
「恐らくは、そうでしょうね」
 安藤と雪之丞の間では理解されているらしいが、よくわからない。
「つまり、ですねえ」
 俺達が理解していない事を悟ったらしく、雪之丞が俺達に向き直る。
「このビデオは、登場人物がテレビの中から本当に出てきた、と視聴者に勘違いさせるビデオなんですよ。そして、イライジャ氏の能力は、再生されたあらゆる映像を客観的に見ることができるわけです。ここまではいいですか?」
「ああ」
 まあ、それは理解できている。
「だからですよ」
 説明になってねぇ。
「なるほどねぇ……」
 納得したように、腕を組んでうんうんとうなずく尾崎。ニヒルを気取っているわけで、実際は少しも理解していないと思われる。
「つまり、だな」
 安藤がコホンと咳払いをする。
「このビデオと、イライジャの能力については理解しているな?」
「ああ」
 だから、それは理解できている。
「そのせいだ」
 こっちも説明になってねぇ。
「冗談はおいておいてですね、私の作ったビデオは、ビデオによって生じた仮想現実を外から観測される事を想定して作っていないんですよ。外から観測された事によって、それが現実になってしまったというか……」
 なんとなくわかってきたような気がしないでもない。
「しかも今回は2本同時に再生されてしまった事も悪い方向に働いたようです。二人はそれぞれに夢を見ていたはずですが、それがイライジャ氏の中で同時に観測された事により、二人の夢が共有されてしまったと思われます。もしかすると、ビデオに関わった人間がイライジャ氏の脳の中に取り込まれてしまったのかも知れませんね」
 わからなくなった気がする。
「まあ仮説ですから、それが正しいとは限らないんですけどね。まあ、イライジャ氏の能力が作用して、ビデオが本当に現実になってしまったと言うことだと思います。そしてビデオが止まった後にイライジャ氏が現れたというのは、恐らく二人の女を現実にするためにイライジャ氏の肉体が媒介となったのでしょう」
 よくわからないなりに話を総合すると、イライジャがビデオの再生を外から見ていたために、あの女達が現実に現れてしまったという事らしい。となると、あのラバースーツや巨乳女はイライジャだったのか。
「もし、もう一本が再生されていたらどうなっていたんだ?」
 不意に思いついた疑問を口にする俺。なんとなく嫌な予感がしていたのだが、実際にどうなっていたのか気になる。
「恐らく、その場にいた全員が飲み込まれてしまったでしょうね」
 さらりと雪之丞が口にするが、もしそうなっていた事を考えると背筋が凍りつく。もし俺達全員があの時の安藤や尾崎のように正気を失ってしまっていたら、大惨事が起きていたのではないだろうか。
「まあ、そうならなくて良かったですねぇ」
 にこやかな笑みを浮かべ、まるで他人事のように言う雪之丞。
 元はと言えば、全てこいつが元凶なんだけどな……