今日の長門有希SS

 4/144/204/23の続きです。


 ここのところ放課後は部室で囲碁をして過ごしている。こう言うとまるで囲碁部に在籍しているかのようだが、俺達が在籍しているのは部活動ですらなく謎の団活動である。
 さて、今日はそこに団員以外のメンバーが一人紛れ込んでいる。ハルヒに連れてこられた朝倉、碁盤を挟んで俺の前に座っていた。
 囲碁とは一対一でやるものであり、SOS団は五人のため偶数になるように人数あわせとしてハルヒが連れて来たってのが朝倉がここにいる理由だ。
 ちなみに朝倉は囲碁のルールを全く知らず、長門にルールを教えるように任せようとしたのだが「彼の方が適任」との長門の言葉によって俺が担当する事になった。ハルヒ長門が断るとは思っていなかったようだが、しばらく考えてから、
「そうね、下っ端のあんたに任せるわ」
 と同意した。
 囲碁の実力はこのSOS団でも中間くらいに位置しているはずなのだが、それでも下っ端は永遠に下っ端という事なんだろうか。
 ともかく、そのような理由で俺は朝倉に囲碁のルールを教えている。囲碁の説明をする場合には、囲碁を元にルールを簡単にしたと言われるオセロを例にとって説明するとわかりやすいだろう。
 オセロの場合は左右から挟むだけで相手の石をひっくり返る事が出来るが、囲碁の場合は相手の石の塊の四方を完全に囲むとひっくり返すのではなく盤上から取り除く事が出来る。違いはそれだけではなく、石の数ではなく石で囲った部分の面積で決めたり、更には取った石の数を加算したり……と、オセロと比べるとなかなか説明の難しいゲームである。
「あとは、特定の形ってのがあってな」
 囲碁ではある形になると、その後どうやっても逃げられなくなるパターンがいくつかある。そのような形に自分が追い込まれないように注意しなければならず、逆に相手をその形にうまく誘い込む事が出来ると有利になると言える。
 無論、ハルヒに対してはそれをやられっぱなしだ。朝倉に教えながら改めてその形を確認すると、今までいかに誘い込まれていたかと実感する事が出来る。
 初心者に教えると、改めて基本を振り返る事が出来る。もしかすると、長門はその意図があって朝倉に教える役割を俺に回したのだろうか。
「実際にやって見た方がわかるかも」
 しばらくして朝倉が苦笑したような顔で言った。確かに実際にやってみた方がわかりやすい。機械なんかでも説明書を見てもわからなくても、実際に使ってみるとすぐわかるってのはよくある話だ。
「陣地を多くした方がいいのよね?」
 囲碁ってのはそのようなゲームであり、自分の石の多く相手の石の生き残れそうにないところを陣地とする。まあ、場合によっては相手の石が多くてもうまくそこに自分の陣地を作れる場合があるのだが。
「じゃあ、これで全部わたしの陣地ね」
 と言って、朝倉は囲碁盤の中心に黒石を置いた。
 後に判明するのだが、朝倉の囲碁はかなり攻撃的である。


「どうした?」
 帰り道、いつも以上にぼんやりとしている長門に呼び掛けると、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
「……」
 長門はどことなく上の空だ。俺が朝倉にルールを教えている時に長門ハルヒ囲碁をやっていたようだが、早く勝負が終わったらしく二人でパソコンを見ていた。どうもその辺りから長門の様子がいつもと違う。俺や朝倉しか気付いていないだろう。
 当の朝倉は前の方でハルヒと談笑しているが、チラリとこちらに視線を送った。二人で話せるようにしてくれているらしい。
「例の人物がいた」
 前にハルヒを負かした奴の事か?
「そう」
 それにしちゃ静かだったもんだな。リベンジだリベンジだと言っていたから、見付けたら速攻で俺をけしかけると思っていたんだが。
「既に対局中だった。あのソフトは他人の対局も見る事が出来る」
 やはり有名人らしく、そいつの対局は世界中の奴が見ているらしい。今回はハルヒもその中の一人だったようだが。
「……」
 長門は何か言いたげに俺の顔を見ている。どことなく申し訳ないような、そんな感じだ。
 長門はずっと俺に勝ってくれと言っていたが、俺の実力じゃ勝てないだろうと思っているのだろうか。いや、それとも違うような……
「今日はここで解散!」
 ハルヒの言葉で打ち切られ、長門がその時何を言いたかったのかはわからなかった。