穴埋め小説「ムービーパラダイス」83

「早速だが、本題に入ろう」
 雪之丞と名乗った人物が最後の椅子に腰掛けたところで安藤が話を切り出した。雪之丞と言うからには、男なのだろうか。
「はい、どうぞ」
 にこやかな笑みで、先を促す雪之丞。
「これ――いや、これを置いている店を作ったのは貴様だな?」
 ラバースーツの胸元からビデオテープを取り出し、円卓の上に置く安藤。
「おや、レンタルしたのはあなた方だったのですか」
 その口調から、安藤の言った事は正しかったのだと思われる。しかし……
「店を作った――って?」
 岡田君が不思議そうな顔をしている。
「言葉通りだ。あの店を作ったのはこの男という意味だ」
「ええ、そうです」
 平然と話しているが、あの店を作ったと言うのは本当に作ったという意味なのだろうか。
「貴様な、これのせいで大変だったんだぞ」
「え、良くなかったですか?」
「確かに良かった。その点では礼を言おう」
 横に座っていた尾崎の頭を掴み、自分の頭を下げつつ尾崎の頭も下げさせる安藤。
「しかし、女が出てきたせいで我々は正気を失ったのだ、どうしてくれる!」
「出てきたって、それは出てきたという意味ですか?」
「その通りだ」
「拙者達も見たナリよ」
「それ……本当ですか?」
「本当だ。安藤が借りたラバースーツの女と、尾崎が借りた巨乳女は俺も見た」
 俺達の言葉を聞き、考え込む雪之丞。
「おかしいですね……このビデオには、そんな力を付与していないのに……」
「そもそも、このビデオは何だ?」
「このビデオは、再生することで特殊な電波を脳に送り、パッケージに書かれた女性の登場する夢を見ることができるビデオなんですよ。夢と言ってもリアルに作ってますから、見ている本人は実際にその女性が出てきたと思ってしまう場合があります。しかし、複数でその女性を見ることはあり得ません」
 雪之丞は平然と言うが、それは恐ろしい技術なのではないだろうか。
「ああ、気にするな。こいつはそう言う能力を持っているのだ」
 俺の疑問を感じ取ったのか、安藤が言った。
「こいつは、言葉で説明できるものなら、だいたいどんなものでも作ることができる。そう言う化け物なのだ」
 化け物――
 安藤の言うことは無茶苦茶だったが、決して冗談を言っているわけではなく、雪之丞もその言葉を否定せずににこにことしている。
 ここに入る直前に安藤の言った事を思い出した。話を聞いてもわからないから余計な口出しをするな、と。この男は、俺達の理解の範疇外に存在しているのかもしれない。
「で、貴様はどうしてそんなものを作ったのだ?」
「テレビから登場人物が出てくるって面白いじゃないですか。本当はそれを実現しようと思ったんですが、それならビデオではなく、再生する機材の方をいじくらないと無理なんですよね。それで、ビデオだけでそう言う効果を実行するために思いついたのが、先ほど言った方法なんですよ」
 本当に出てくるとは困りましたね、と雪之丞は他人事のように笑う。
 この男、何かがおかしい。善悪――というのか常識というべきか、この男の中での行動原理が、酷く歪なものに感じられた。
「なるほどな。このビデオの仕組みは理解した」
 安藤が視線を雪之丞から、イライジャの方に移動させる。
「イライジャ、今度は貴様に聞かねばならん」
「……何かね?」
「貴様の店の、本当の仕組みだ。あの店にはどうして全ての映像があるのだ」
「前に説明しなかったかね? 特別な機材で、全ての映像を保存して――」
「そんな事は聞いていない。我輩が聞きたいのは、どうして貴様の店には特別な組織内でしか再生されていない映像がいくつも並んでいるのか、という事だ。どうやって、放送もされていない映像を保存しているのだ?」