今日の長門有希SS

 4/144/20の続きです。


 あれから俺達は毎日のように碁盤を囲んでいる。主にハルヒと打っていたのだが、それなりにルールを覚えた朝比奈さんや古泉とも打つ機会が増えた。
 朝比奈さんは防御一辺倒。と言うか、攻め込むのが苦手であり、ちまちまと隅の方に陣地を作るようなタイプだ。かと言って、相手に攻め込まれた時にうまく立ち回る事が出来るわけでもなく、気が付いたら確保していたはずの陣地がごっそり奪われる、と言ったタイプであり、ぶっちゃけあまり強いとは言えない。
 古泉の方は定石とか色々研究しているようだが、それが実力に伴っているわけではない。そもそも「この後はこういう風に攻めてくるものだ」と言う推測はお互いそれなりに上級者でないと意味が無く、恐らくは麻雀で素人の捨て牌を読むようなもんだろう。実際、ハルヒに実践で鍛えられている俺の打ち方は定石などに則ったものではなく、わりと適当に打った時にも古泉が深読みをしすぎてリズムを崩したりする。
 気が付くと俺はそれなりに囲碁の技術が身に付いており、この二人にはあまり負ける事がなくなっていた。
 が、ハルヒ長門とは雲泥の差である。頭が良く、何をやっても人並み以上にこなすハルヒ囲碁に於いてもその才能を発揮している。生まれつきのセンスのせいか攻撃も守備も異常にうまい。俺がこっそり攻め込もうとしても「あんたの考えてる事はお見通しよ」と言って、数手泳がせた後にごっそりと石を奪ったりしてくる。
 長門は最初は入門書などから入っていたが、今までの様々な公式試合の記録なんかを読みあさっており、いつの間にやらハルヒと同等の技量を身につけていた。
 独学だが持ち前のセンスと知能で打つハルヒと、過去の定石をほぼマスターした上に相手の狙いをほぼ読み取る事の出来る長門。タイプは違うがお互いかなりの技量である。
「あれはまるで、現代に蘇った本因坊秀策よ」
 長門と勝負をしていたハルヒがそんな事を言っていたのだが、俺には良くわからない事である。


「今日はこの一手が分岐点だった」
 長門の部屋での囲碁レクチャーもすっかり恒例となった。俺が負けた勝負の流れを覚えている長門は、どこが駄目だったのかを教えてくれる。ハルヒに鍛えられている時間ももちろんあるが、それ以上にこうして毎日復習をしているのが実力アップに影響しているようだ。
「あなたはこの一手を見過ごさず、すぐに対処すべきだった。具体的にはこの辺りに石を置いて牽制するのが効果的」
 長門の言う通り、その場所に石を置けば既にある石からも近く補強も用意であり、ハルヒに攻め込まれるのを防ぐ事が出来たかもしれない。
 しかし、それなりに上手くなってきたのかも知れないが、俺には囲碁は向いていないのかも知れないな。何となくこの辺りで頭打ちのような気がするし、どう考えてもハルヒ長門に勝てるはずもなく、朝比奈さんや古泉相手だって今後はどうなるかわかったもんじゃない。
「……」
 長門が困ったように俺を見つめているのは、やはり同じ事を感じているからだろうか。自分でも何となく行き詰まりを感じているのだから、教える立場の長門にはよくわかるだろう。
「わたしはあなたが勝つ事を望む」
 そう言ってくれると嬉しいね。まあ、負けたらハルヒがイライラして何をするかわかったもんじゃないしな。
「それもある」
 そりゃそうだ、世界はあいつが回してるんだしな。勝負の結果に世界が左右されるかも知れないんだ、困ったもんだね、全く。
「でも、例えそれが無かったとしても」
 長門の言いたい事はわかる。嬉しい事だ。だから俺は、それ以上言わせる必要は無かった。


 さて、その数日後の放課後である。
「ずっと思ってたんだけど、五人って練習しづらいのよね。一人はあぶれちゃうじゃない」
 遅れてやって来たハルヒが、入ってくるなりそう言った。
 ちなみに残りのメンバーは既に揃って碁盤を囲んでいる状況だ。俺と古泉、長門と朝比奈さんの組み合わせで。
「どうした、一人減らそうってのか?」
 ハルヒが来るまでは偶数だったからな。
「なにバカ言ってんのよ。一人、暇そうな奴を連れてきたわ」
 開いたドアからひょっこりと顔を出したのは、
「本当にみんな囲碁やってるんだ……」
 部室の中を覗き込んで少々困ったような顔をしている朝倉だった。