穴埋め小説「ムービーパラダイス」67

「呵々々々々々々々々々々!」
 唐突に笑い始める臨。
「先ほどまでの私と、今の私は違う」
 脱いだショーツを指に引っかけ、ひゅんひゅんと振り回す臨。
「たかが布一枚。されど布一枚。私の全裸と下着姿は、今までとはひと味違うぞ」
 刹那、白い風が岡田君の横をすり抜け、何かが壁に突き刺さる。
 ああ見よ、それは今、臨が指に引っかけて振り回していた勝負下着ではないか!
「チャクラム!?」
 チャクラムとは、インド北部のシーク教徒が用いた円盤状武器である。輪の外側が刃になっており、強い回転を与えて投擲することによって敵を切り裂くことができるのだ。
 輪の中心に指を入れて回転させて投げるか、フリスビーのように投擲して使う武器で、30メートルはなれた直径2センチメートルの竹を切断する能力を有している。一般的に投擲武器には刺すことと叩くことが目的のものが多いが、このチャクラムのように斬ることを狙いとした投擲武器は大変珍しいものである。
 しかしながら、臨の投げたものは勝負下着であり、チャクラムでは無いのだが、そうと思わせるほどに下着は強烈な威力で以て、壁に突き刺さったのである。
「よそ見をしていると地獄に堕ちるぞ!」
 飛び上がった臨は、まるで蜘蛛のような動きで壁や天井を蹴り、空中から岡田君に飛びかかる。
「くぁっ――」
 真横に吹き飛ばされ、またしても壁に激突する岡田君。起きあがろうと手を動かすが、その動きはまるで、溺れるモノが藁を掴むが如し。


 カチン。


 空中を彷徨っていた手が何かのスイッチを入れる。それは、近くに落ちていたポータブルラジオだった。FM局だったらしく、若い男のDJがカッコよさそうな雰囲気でありながら深い意味のない事をしゃべりながら、洋楽を流している。
「ふむ、まだ立てるのか」
 臨が感心したように言う。俺に伝わってきた感触からも、岡田君がかなり強烈な打撃を受けている事がわかる。
「剣の道で……負けるわけには……いかないナリ……」
 岡田君がゆらりと立ち上がる。消耗しているわりには、何かオーラのようなものが立ち上っているように感じられる。


 ミシ――


 鞘が砕け、刀身が現れた。錫杖の攻撃を何度も受けたせいか、それとも、他の力によるものか。
 刀を持つことで、岡田君の持つ気配も変貌を始める。臨が服を脱いだことで力を得たように、岡田君もまた、刀を持つことで力を得たものか。
 俺は確信した。この二人がぶつかれば、必ず片方は命を落とす。しかも、それは一撃で決着が付く。そして、その事は、二人も理解しているようだった。
 岡田君が刀を上段に構え、臨は両手で錫杖を握り、岡田君に先端を向ける。そこから飛び出すのは、果たしてどのような技か。
 二人はすり足で距離を縮める。二人の間合いはほぼ同じ。じわじわと、慎重に距離を詰めていく。
 二人の間合いはほぼ同じ。まもなく、そこに到達するという刹那――


Oh,my love,my darling.
 I've hugered for your touch.


 ラジオから流れたのはUnchained Melody。50年代に作られた、懐かしさを感じさせる切ない音楽。
「ふ――」
 臨が錫杖から手を離し、苦笑した。岡田君も同じく苦笑し、刀から手を離す。


 そして、どちらからともなく近づき、二人は抱き合ってダンスを始めるのだった。