穴埋め小説「ムービーパラダイス」66

 ガキィン!
 両手に衝撃が伝わる。俺の振り下ろした錫杖が、岡田君の持つ木の棒によって防がれたからだ。
 いや、それが単なる棒でない事を俺は知っていた。それを左右に引くと――


 キラリ。


 一瞬、隙間から光が漏れた。窓から入る太陽光の反射。なぜ反射をするかと言うと、それは日本刀の刀身だからで、岡田君の持つ棒が刀だからだ。
 白木に仕込まれた刀。岡田君が手に持っているのはそれだった。
「面白い」
 俺はぺろりと唇を濡らす。美しい女がそのような事をすると扇情的であろう。服装さえ、燕尾服でなかったならば。
「この私を倒すというのか、人間」
 もはやそこに俺の意志は存在していなかった。燕尾服の上着を脱ぐと、俺の動体視力は犬並だ、とわけのわからない事を言う。
神罰を与える!」
 先ほどよりも速い動きで岡田君に殴りかかる。それを岡田君は鞘に収まったままの刀でさばく。
 臨の動きは妙に素早いが直線的でひねりが無い。武道の心得などがあるわけでなく、運動能力だけで攻撃しているという感じだ。
 だから岡田君は上手に攻撃を全て捌いている。それでも押されているように見えるのは、臨を傷つけない為に刀を抜いておらず、しかも攻撃をしていないからだ。
「舐められたものだな」
 言うと、臨はワイシャツとズボンを脱ぎ捨て、下着姿になった。これも俺の意志ではなく、臨の意志だと思われる。なぜなら、俺は戦闘中に服を脱ぐという習慣が無いから。
「まだ本気を出さぬのか!」
 臨の動きが速度を増す。
「ぐ――」
 岡田君がうめき声をもらす。臨の攻撃は速度だけでなく、威力すらも増していたのだ。
「本気をださんと――」
 刹那、俺の前から岡田君の姿が消えた。否、消えたのは岡田君ではない。臨=俺が岡田君の前から消え、一瞬にして岡田君の背後に回り込んだからだ。
「地獄に堕ちるぞ」
 およそ宗教者とは思えぬ言葉と同時に放たれた錫杖の一閃をかろうじて刀で受け止めたものの、岡田君は壁まで吹き飛ばされてしまう。
「私がこれほどまでに強力な理由を知りたいか?」
 知りたいか、と問うているのだが、俺はむしろ臨が語りたくてたまらないとわかっている。
「ど、どうしてナリか……」
 弱々しい声の岡田君。明らかに武術の素人である臨の強さに戸惑っている。
「この肉体――」
 遂に下着まで脱ぎ去った臨。
「この肉体を見て、どう思う?」
 うっとりとした声で問いかける。
「どう、とは――」
「綺麗だとは思わないかね」
 よく、自分からそんな事が言えたものだ。
 とは言え、臨の体は美しい。胸が大きいとか、くびれが綺麗だというわけではないのだが、臨の体は確かに綺麗に思えた。
「私の体が、神に愛されているからだ」
「は?」
「この身は女として、まさに最高のバランスを持っているのだ。あらゆる要素が神の定めた黄金律に従って構成された、私は神の遣わした人形なのだよ。だからこそ、強い。余計な布を脱ぎ捨てれば捨てるほど、その優れた能力を発揮するのだ。私に匹敵する生命体は、古代核戦争を生き延び、主にピラミッドに封印された戦士、ポケットハンガーしか知らぬ。時折、私がポケットハンガーではないかと思うが、私はしかしながら人間であり、神の人形なのだ。だからこそ、私の彫像には二億円の価値があり、私の運動能力はポケハン並に優れているというわけだ。だから私には修練など必要はない。何もしなくてもあらゆる体術をこなすことができる。もし私がオリンピックに出場したならば、あらゆる記録を塗り替えるスーパーウーマンリンミンメイと呼ばれたであろう。覚えていますか、目と目があった時を。覚えていますか、手と手が触れあった時。それははじめての愛の旅立ちでした。I LOVE YOU SO」
 最後は歌うような口調で、臨は訳の分からぬ事を口走った。
 つまり、臨の体はあらゆる要素において優れており、服を脱げば脱ぐほど強くなるという事らしい。