今日の長門有希SS

 いつものように朝比奈さんの淹れてくれたお茶を飲み、古泉と向かい合ってテーブルゲームで時間を潰す。今回やっているのはオセロであるが、それほど集中もせずにぼんやりとやっている。
 視線の先には長門の姿があった。いつもの席で彫像の様に読書をしている長門は、定期的にページをめくり、時折顔を上げる以外はほとんど動きがない。
「ちょっとキョン
 不機嫌そうな声が右側からかかる。
「なんだ」
 もちろん声の主はわかっているので、そちらを確認する事なく答えた。
「あんたさっきからなんでずっと有希の方見てるのよ」
 別に長門を見ていたつもりは無いのだが、そちらに顔を向けていたのは事実だ。
「授業中だってずっと窓の方見てたし、たるんでるんじゃないの?」
 どたどたと気配が近付いてきたかと思うと、ぐいっと――
「痛っ!」
 顔を曲げさせられそうになって激痛が走る。
「な、なんでよ? そんなに強く曲げてないわよ」
「首を寝違えたんだよ」
 起きてから首が痛く、左側に曲げていると少し楽なのだ。だから授業中も自然と窓の方を向いている事が多くなってしまった。
「もう、痛いなら最初から痛いって言いなさいよ。心配するじゃない」
 首を曲げなければそれほど痛いわけでもないから、わざわざ教えるまでもないと思ったんだけどな。その方が無駄に心配するんじゃなかろうか。
キョンくん、首が痛いんですか?」
 ほらな、朝比奈さんに心配をかけてしまったじゃないか。
「大した事ありませんよ」
 ハルヒに捻られた時はさすがに痛かったがじっとしていれば問題はない。しかし、朝比奈さんはやはり心配そうな顔をしており、悪気はなかったとは言え不用意に首を捻ったハルヒもなんとなくバツが悪そうだ。
「どうすればいいのかしら。温めてみる?」
「寝違えた場合は患部を冷やした方がいい」
 いつの間にか本を閉じた長門がこちらに顔を向けていた。
「体が冷える事で寝違えが起きる可能性もあるので、温める事は予防には効果があるかも知れない。でも、既になってしまった場合は出来るだけ早く冷やした方がいい」
 出来るだけ早く、と言われても既に放課後。もっと早く言って欲しかったような気もする。
「今からでも冷やした方がいいかしら」
 ハルヒはしばらく口を尖らせてから、
「ちょっと探しに行ってくるわ。と……そうだ、各自なんか冷やす物を見付けてくる事。あ、キョンは残っていなさいね」
 などと言いだして、俺は一人でぽつんと部室に残される。別に無理に探しに行ってくれなくても良かったのだが……
 ガチャリ。
 それほど時間が経っていなかったのだが、ドアが開いて長門が顔を出した。もちろんこんな短時間では何かを持ってきているはずもない。探しに行くのが馬鹿馬鹿しくなったのだろうか。
「探しに行く必要がなかった」
 トコトコと歩いてくると長門の手が俺の首に触れた。
 長門の手はひんやりとしている。たまに手が冷たい奴がいるが、これは一般的な体温の範疇ではない。
「手の表面の温度を調整した」


 そっと触れる長門の手を首の後ろに感じながら、俺はハルヒ達が戻ってくるまでの十分ほど二人だけで過ごした。