穴埋め小説「ムービーパラダイス」60

「それで、物体を触れるようになってどうするのかね?」
 さくらが服を着直し、ぷりぷりと怒っているのを気にせず、臨が訊ねてきた。
「え?」
 得た能力が嬉しくて、無闇に缶やそのへんに落ちているものを動かしていた俺だが、臨の言葉を聞いて硬直する。
 そう言えば目的など無くやっていたような気がする。強いて言えば、なんとなく便利。
 修得したからには、誰かに見せたいという気分になってくる。
「人に見せに行く」
「では、この臨がついていってやろう。ただその能力を発揮したとしても、相手はポルターガイストだとでも思うだけだろう。それでは意味がないのではないか?」
「そうだな。それでは意味がない」
 そんな俺達のやり取りを聞き、顔に大きくクエスチョンマークを浮かべるさくら。
 能力を得たのなら、それを自慢したくなるのが世の常。しかしながら、今のままで物体を動かしても、それを見た人間が俺の仕業だとは気づかず、何らかの心霊現象だと思ってしまう。
 ならば、誰かその現象が俺の仕業だと証言する人物が必要になる。それを理解し、俺の意志を伝えると臨は言う。
 信者に対しては悪どいような言動を繰り返す臨だが、何ら損得の発生しない娯楽に対しては寛容なのかも知れない。というか、俺と同じ立場なら俺と同じ事を考えるというわけか。
 意外といい奴なのかも知れない。いいといっても、この野郎いい根性をしてやがるな、とかいうタイプのいいという意味だが。
「では、君の友人とやらの家に行こうではないか」


 で、岡田君の家に到着した。岡田家は剣道の道場を生業としており、剣道場を有する岡田邸の敷地は広い。俺達がいるのは民家側の門で、その反対側にも道場用の門があるはずだ。
 門から入り、民家の玄関に向かう。純和風家屋だが、インターホンなどは完備されている玄関だ。
 臨は、すっとインターホンに手を伸ばす。
 ばたばたと足音が聞こえて来た。次いで玄関で履き物をつっかける音、そしてガラガラと横開きの扉が開かれる。
「御免」
 臨は、扉から顔を出した岡田君に一礼した。岡田君の顔はやつれており、生気がない。
「我が名は臨民明。宗教団体『片山』の教祖である」
 その瞬間、岡田君は険しい表情を浮かべて、扉をぴしゃりと閉めた。
「帰ってくれナリ! 我が家は宗教には興味がないナリよ!」
 ここまでの拒絶は珍しいのか、臨はしばらく扉の前で固まる。
「彼は引き籠もりかね」
「違う」
 確かに、引き籠もりの拒否反応と間違われても仕方がない様な拒絶ぶりであった。