穴埋め小説「ムービーパラダイス」58

「こんなところに霊体が――珍しい」
「珍しいのはどっちだ」
 振り返り、俺はそこにいた女に答える。
 そこにいたのは奇妙な人物だった。燕尾服を着て頭に鉢巻きで蝋燭を巻き付けている謎の女だ。そして僧侶が持つ錫杖。何かいろいろなものを適当にミックスして完成した気色の悪い飲料に似た摩訶不思議さを持つ。
 珍しいというか、有り得ない風貌だった。顔は悪くないのだが、その珍妙な風貌により、美しさを全く感じさせない。もはや別次元である。
「私は宗教法人『片山』の教祖、臨。臨民明。霊能者である」
 じゃらり。一礼すると、臨が手に持っていた錫杖に取り付けられた金属の輪が鳴った。
「俺達が見えているのか?」
「うむ、カルト教団だが霊感は確かだ。信者は騙しても霊体は騙さぬ」
 信者を騙すなよ。
「しかし、案内人がこんなところで何をしているのかね? 珍しいものだ、霊体と一緒にこんなところにいるとは……」
 と、臨はさくらに訊ねる。そう言えば、こいつは何らかの役割を持った特別な存在だったか。
「ご主――彼に物体を触る技術を教えているんですよ」
「部分物質化……それはまた難儀な事を……」
 複雑な表情をする臨。
「で――それもその一環かね?」
 と、俺達の方を指さす。
 それ――とは何か?
「あ……」
 ぽっと顔を赤らめるさくら。
「あっ、すいません!」
 俺の胸にしなだれかかっていたさくらが弾かれたように立ち上がる。足下はおぼつかないが、そばにあった柱に体をもたれかからせる。
「今のはその……娯楽です」
「成る程」
 納得したらしく鷹揚に頷く臨。
「我々の宗教でも、信者の修行の効率を上げるために女性信者の肉体などの餌を用意する事がある。それと同じか」
「はい」
 違う。
「物質化を教えるのは難しい事だが……」
 臨が足下の空き缶を拾う。何をするかと思うと――
「えい」
 振りかぶって俺に向かって投擲する。しかも顔に向かって。
「うわ!」
 咄嗟に手で防御する。
「痛て……」
 手の甲に缶の角があたり、指先に痺れが走る。
「一体、何を――ん?」
 今、缶に触れていた。
「そう言う事だ。意識さえしなければ良いのだから、他の事に意識が向かうようにすれば良い。手に集中するからいけないのだ」
 と言っても、今のように無意識に物を触る事って少ないからな。
「そう難しい事ではない。意識を他に向ければ良いのだから、関係ない事を考えるだけで十分だ」
 だからそれが難しいと思うのだが。
「常に性のことでも妄想していれば十分だ」
 意外と簡単かも。
「しばらくこの私がコツを伝授しよう。足腰立たぬなら休んでいたまえ」
 と言うわけで、臨に物体を触れるコツを教わる事になった。