穴埋め小説「ムービーパラダイス」55

「ふぅ」
 息を吐き、俺はネクタイを締め直すジェスチャーをする俺。本当はネクタイは無いのだが、なんとなくネクタイを締め直すような気分なのだから仕方あるまい。
「うう……」
「いつまでも床で寝てると風邪引くぞ」
 さくらは地下鉄駅の床に仰向けになっている。顔を横に傾け、両手を左右に脱力。形容するならば壊れた人形と言ったところか。
 着物が乱れている。胸が見えるか見えないかという絶妙な状態であるのはそこはかとなく劣情をそそり、床の上に髪の毛が放射状になっているのはそこはかとなく嗜虐心をそそる。
「しくしく……さめざめ……えぐえぐ……」
 あらゆる擬音を駆使して泣くさくら。俺の声が聞こえてるのか聞こえていないのか。
 なんとなくイライラとする。
「聞いてるのか?」
「ひっ! ごめんなさいっ、ぶたないで!」
 頭を抱えて体を抱え込むさくら。体がガクガクと震えているのは寒さか恐怖か。
 ちょっと度が過ぎたか……
「おい」
「ご主人様痛いことしないで!」
 いやいやと髪を振り乱す。さくらはこの数分で何かが変わってしまったようだ。天然気味で無駄に持っていた心の輝きは失われ、別の何かを手に入れた。それが彼女にもたらしたのはある種の幸福か。
 ……というか。
「プレイは終わり、ご主人様とか呼ぶのはもう終わりだ」
「あ……もういいんですか?」
 ひょっこりと上半身を起こすさくら。その表情には怯えだとかそう言う陰りは見えず、ぼうっとした雰囲気に戻っている。
「床で寝てたら寒いだろう、ほら」
 と俺が差し出した腕を両手で握りしめるさくら。
「うーんしょ……あっ」
 俺の腕にすがりつき立ち上がろうとするも、足をもつれさせて尻餅をつく。
「いたた……」
 目に涙をにじませてぺたりと座り込む。ここまで狙ったような行動を見ると、天然とはまた一線を画す何かかも知れないと思う。しかし計算などではなく素の行動なのだ。
 つまりさくらは狙ったようなドジっ娘行動を素で行う純真無垢で天真爛漫な少女だったと言うわけである。
 数分前までは、の話だが。
 ともかく、このままでは話がすすまないので助け起こすことにする。
「早く立たないとこうだぞ」
 手首を返し、くいっと何かを引っ張るジェスチャー
「やっ、首輪はもうやだぁ!」
 途端に青ざめ立ち上がる。それなりに楽しんでいたさくらだが、首輪はトラウマになるほどこたえていたというわけか。
 臆病な視線あふれる街。
「や……」
 壁にすがりつき、ふらふらと崩れ落ちそうになる体を必死に支える。しかし足に力が入らず倒れそうになり、捨てられた子犬の目で俺を見つめる。
「やれやれ……」
 俺はさくらの腕を軽く引く。
「ひ――」
 体を強ばらせ、表情を凍らせる。臆病な視線、あふれる街。しかしながらその怯えた視線の奥に感じられる劣情。
 そう、この女は虐められる事が好きなのだ!
 それはそれとして、俺はさくらの手を引き、近くにあった長椅子に座らせる。
「立てないなら座ってろ」
「え……?」
 意外そうに俺を見つめる。一体、こいつは俺をどんな人間だと思っているのか。
「ぶたないの?」
 そんな人間だと思っているのか。