今日の長門有希SS

 昨日の続きです。


「真面目にやってんの?」
 背後から既に何度目になるかわからないハルヒのため息。ディスプレイの中では空中に舞い上がったキャラクターが着地に失敗し、ソリから転げ落ちてずるずると滑っていくところだった。
 このゲームは見た目以上に難しい。滑り降りて加速し、ジャンプしたところまでは簡単だったのだが、そこからの着地が一苦労だ。うまくソリの底と線の角度を合わせなければ素通りしたりもするし、今回のように頭から衝突してソリから転げ落ちる事もある。先程ハルヒに見せられた動画だとあれほど優雅に跳ね回っていたと言うのに……
「さっきあんだけ大口叩いたんだから、すごいの作らないと帰さないわよ」
 自分も出来ていなかった事を「簡単そう」と評した俺に対しハルヒはかなりご立腹のようだ。むくれているであろうハルヒの顔を確認する事もなく部室をチラリと見回すと、耐えてくれと言いたげな古泉と、やや困ったような顔で苦笑している朝比奈さん。二人の表情を見る限り、俺に怒りをぶつけている事でハルヒの機嫌は先程よりは状況は好転しているのだろう。
 ちなみに長門は、基本的にはいつも通り表情は変わっていない。俺の視線に気付いたのか本から顔を上げたが、また本に視線を落とす。
 こうして後ろ以外を見ていると平和である。俺が優勢だった将棋の勝負を古泉が勝手に終了させ、コマを並べ直して朝比奈さんと新たな勝負を始めているところからもよくわかる。取り敢えず危機は脱したのだと。
「ほらほら、サボってないで手を動かしなさい」
「考えてるんだよ」
 とは言うが、考えているのはコースの構成などではなく俺を取り巻く状況である。
 今現在、この部室でハルヒによる被害を被っているのは俺だけだ。ハルヒがストレスをため込んで大きなトラブルを起こす前に、俺がガス抜きとして八つ当たりの対象となる。海岸で波風にさらされるテトラポットってのはこんな気分なんだろうかね。
「考えてるだけじゃうまくいかないわよ。とにかく作んなさい」
 なんとなく良い事を言ってるみたいに聞こえるが、俺がやらされてるのはゲームである。しかし……やればいいってもんじゃないだろ、角度をうまく調節しないと着地出来ないみたいだし。
「ちょっと貸しなさいよ」
 後ろから手を伸ばしてマウスを掴んで来る。あ、こら、そんな適当に線を引いたら……ああ、やっぱりな。
 ハルヒが描いた線がジャンプしてすぐのところにあり、衝突してソリから滑り落ちる。だから角度を考えなきゃいけないって言ったんだけどな。
「もう、どうすればいいのよ!」
 これ一回描いた線が消せないってのが難しすぎるな。せめて消す機能でもあればいいんだが……
「――」
 何か、教室の片隅で聞いてはいけない音が聞こえたような気がする。
「有希、何か言った?」
「何も」
 ハルヒも気付いたらしくそちらを見るが、長門は本に視線を落としたまま。
「そう、聞き間違いかしら」
 しかし、朝比奈さんや古泉もそちらの方を見ている事から、聞き間違いではないらしい。
キョン、ここに消しゴムみたいのがあるわね。これで消せるんじゃないの?」
 確かにハルヒの指差す先には消しゴムっぽいボタンがあった。先程までは無かったような気がするが、それを使ってクリックするとハルヒの描いた線が消えた。
 やっぱり……長門がやったんだよな。何事もなかったように読書をしているが、他に原因は考えられないし。


 ともかく、それから活動終了まで延々とコースを作っていたのだが、消しゴムだけでなくハルヒの「加速機能が欲しい」だとか言う希望も何故か叶えられる事になり、それなりに凝ったコースを作る事が出来た。
「ま、キョンならこんなもんかしら」
 なんとか及第点が出ていつもと同じくらいの時間に帰る事が出来た。
 もしかすると、長門ハルヒが俺を帰さないと言ったのを危惧して色々と機能を付け足したのだろうか。