今日の長門有希SS

「なによ、その顔」
 ある日の午後。飯を食って教室に戻った俺に、ハルヒが俺の顔を見て眉をひそめる。
「奥歯に物が引っかかったような顔して」
「引っかかってるんだよ」
 そう、ハルヒの言う通りなのである。弁当に入っていた何かが奥歯の隙間にひっかかり、教室まで戻ってくる間も気になって気になって仕方がない。
「爪楊枝ないの?」
「ない」
 コンビニなどの割り箸ならば爪楊枝が入っている場合があるが、俺が食っていたのは親の作った弁当であり、箸は洗って使うタイプのもの。爪楊枝を刺した料理も入っていなかった。
「食堂ならあったのに」
 そう言えば、ハルヒはいつも食堂で飯を食っているようだ。我が物顔で食堂を牛耳っているハルヒの姿が見なくてもわかるようだ。
「仕方ないわね」
 ハルヒは立ち上がり、しょうがないなと言う顔で俺の顔を見て、
「あたしが取ってあげる」
「そうか。助かる――で、どうやっ」
 俺が最後まで発言できなかった理由は簡単だ。口を塞がれたからだ。
「ん――」
 ハルヒの唇に。
「――!!!???」
 一体これはどういう事だ。見開いた目に飛び込んでくるのは、目を閉じたハルヒのドアップ。
 生ぬるい、ハルヒの舌が俺の中で暴れる。ゾワゾワと背中の内部を何か巨大な毛虫のようなものが通ったかのような感触。
 ハルヒの舌は、丁寧に俺の歯の付け根に沿って、舐めるように――いや、事実として舐めているのだが、これ以上ないくらい丁寧にねっぷりとなぞっている。
「ふう」
 しばらくして、ゆっくりとハルヒの顔が離れた。
「どう、取れた?」
「いや――」
 正直それどころではない。一体これはどういう事だ? 何故、ハルヒが俺に、ディ、ディープキスをかますんだ?
 見回すと、教室にいる全ての者が俺達を見てぽかんと口を開けている。呆気にとられているのは俺も同じだ。
「まだ取れてないの? 仕方ないわね」
 と、ハルヒの顔が、もう一度――
 ドカンと衝撃。粉塵が無くなると、ドアの横の壁と、壁際でアホ面をしていた谷口の姿が無くなっていた。
「……」
 長門は何も言わず、ドアの横に空いた人型の穴の前で俺達をじっと見ている。つーかドア使えドア。
キョンキョン、んー」
 しかしハルヒはそれに気付いていないかのように、目を閉じて俺に向かって唇を突きだしている。
「……そう」
 長門はそんな俺達を見て、何やら小さく頷いた。
 てか、何やら誤解しているんじゃあるまいな。ハルヒが勝手に――
浮気者
 盛大に誤解をしていた。
「そのイチャイチャを浮気と判定」
 こんな事はあり得ない。そうか、これはきっと夢だ。夢なら醒めてくれ!
明晰夢
 長門がぽつりと、
「本人が夢だと自覚している夢の事」
 と言った。
 えーと、それがどうかしたのか?
「特に意味はない」
 そうか。
「あなたの男性器の情報結合を解除して女性器に再構成する」
 やめてくれ――はっ!
 何やらズボンの裾からサラサラと粉状の何かが落ちている。これはもしや、俺の男性器の情報結合が――
「それはイマジンに取り憑かれただけ」
 そっちかよ。
「情報結合は、この手でむしり取ってから行う」
 と言うと、唇を突き出すハルヒにガッチリと押さえつけられている俺に、長門がゆっくりと近寄ってきて、ズボンの中に手を――


「はっ!」
 ガタンという衝撃と共に、俺は椅子に座っている事に気が付いた。
 頬と肘が痛い。どうやら、机の上にひじを突いてうたた寝をしていたようだ。
「夢……か」
 当然のように先程のアレは夢だった。あんな事、起こりうるはずがない。
「ちょっとキョン、また居眠り?」
 真後ろから小馬鹿にしたような声が聞こえる。衝撃があったから、体がビクリとしたのかも知れない。
「あんた、寝不足なの?」
「いや、なんとなく、な――」
 今、ハルヒと顔を合わせるのは何となくまずい。思わず俺は目を反らしてしまう。
「眠いなら、起こしてあげようか? お姫さま」
 ゾクリとした。一体――ングゥ!
 首をぐるりと曲げられ、俺はハルヒの方に顔を向けさせられていた。そしてそこには、また、ハルヒの顔があり――
 つまり、キスされているのであった。
 夢だ、またこれは夢に違いない。
 その証拠に、再び床が爆発するような衝撃。そして粉塵が消えると谷口がいたはずのところにぽっかりと穴が空き、長門が立っているのであった。