穴埋め小説「ムービーパラダイス」23

「さて」
 岡田君と二人で例の店の場所にやってきて、予想通りとも言える光景を俺達は見つけた。
 すなわち、店がない。最初に岡田君と来たときと全く同じ状況だ。
「無いナリね」
 岡田君も驚いた様子はあまり無い。岡田君にとって、あった店が無かったというのは二度目だからだ。
 そういえば、一つの疑問が生じる。
「岡田君、最初に店を見つけた時はどんな状況だったの?」
「最初の時ナリか?」
 岡田君は軽く首をひねる。
「あの時はあるビデオを探して街をさまよっていたナリ。疲れ切って休んでいたら、あの店が目の前にあったナリよ」
 俺達がGOKURAKUを見つけた時と似たような状況だ。
「でも、そこにも拙者の求めるビデオは無かったナリ。それから数件後にムパラを見つけたて、探していたビデオも見つかったナリ」
 事情を聞いてみたが、取りあえず今回の問題の解決には関係ないような気がする。あの店が鍵を握っているのは事実だが、どうも訪れようと思って訪れる事が簡単に出来るような店ではないようだ。
 というわけで、俺達に残された手段は安藤と尾崎を直に探ってみる事だけだった。いきなり安藤の家に乗り込むのはためらわれるので、俺達は尾崎の家に向かった。


 尾崎の家に着いて、チャイムを鳴らす。しかし返答はない。
「尾崎、いないナリか!?」
 岡田君がドアを叩いても返答はない。
「斬ろうナリか?」
 岡田君が懐から匕首を取り出す。いわゆるドスと呼ばれる刃物だ。
「壊すか?」
 それとほぼ同時に俺も武器を取りだしていた。二人の考えることはもちろん、ドアの錠前の破壊である。
「あれ?」
 ふと、岡田君が何かに気づいたように声を発する。
「物音が聞こえるナリよ」
 岡田君は俺に比べて感覚が鋭い。俺には聞こえなかったが、何かを感じ取ったようだ。
「ん?」
 俺にもドアの向こうに足音が近づいてくるのが聞こえた。それはスリッパを履いているものか、ぺたぺたというやけに緊張感の無い音だ。
「誰……だい?」
 ドア越しに尾崎の声が聞こえた。あまり元気がないように感じられるが、本当に病気なのだろうか。
「拙者達ナリよ。どうしたナリか?」
「おお、待ちな……」
 カチャン。
 鍵が外れる音が鳴り、ドアがゆっくりと開く。
「よお……どうしたんだい?」
 俺は尾崎が妙にくたびれていた事よりも、その風貌に驚きを隠せなかった。尾崎は半裸で、どこぞのマフィアのようなガウンだけを羽織っている。つまり、尾崎が身につけているのは下着とラメの入った紫色のガウンのみ。
 しかも、尾崎は妙に全身がしっとりとしていた。風呂にでも入っていたような雰囲気でもある。
「おっと……」
 尾崎の体がゆらりと揺れた。壁にもたれかかったので特に転倒する事も無かったが、妙に憔悴しているのが伺える。
「どうしたんだ?」
「ふっ……お前さんはわかっているんだろう?」
 尾崎がニヤリと俺に向かって笑みを向ける。
「え?」
 全く意味がわからない。尾崎がこんな具合だと知ったのが今だというのに、その事情を知っているはずなど無い。
「アレよ、アレ――あ?」
 尾崎は訝しげに俺の顔を見つめる。
「だってのに……何だってこんなところにいるんだ?」
 と、妙な問いかけを俺に投げかける。
 今の尾崎は少しおかしい。尾崎の中では何かが完結しているらしいが、俺には尾崎の言っている事がよくわからない。どうやら、尾崎はそれに気づく余裕が無いようだ。
「俺だったら、家に籠もって……お、お前、まさか……」
 尾崎の目に狂気の色が灯る。
「くそっ、誰にも邪魔させねぇぜ!」
 というと、尾崎はいきなり俺と岡田君を突き飛ばし、勢いよくドアを閉めてしまった。
「な、何ナリか!?」
 岡田君は何がなんだかわからないようだが、俺もわかっていない。尾崎は俺にはわかっているような事を言っていたが、身に覚えはない。
「尾崎、開けるナリ!」
 ドンドンとドアを叩くが、尾崎は何も反応しない。気配から、ドアの向こう側にいるのがわかるのだが……
「開けるナリよ!」
 と、岡田君は懐から匕首を取り出した。強行突破する気か。
「待って」
 と、俺はその手を制する。
「今の状態で無理に中に入ったら危険だ。しばらく様子を見よう」
「あ――そうナリね」
 俺に言われて、岡田君はその顛末を予測したらしい。何かに取り憑かれたような尾崎の態度を思うと、無理矢理に家に押し入った後に惨劇が引き起こされる事を連想させられた。
 治らないかも知れないが、時間をおいた方が良さそうだ。というわけで、俺達は安藤の家に向かう事にした。