今日の長門有希SS

「ラーメンでも食べて帰らない?」
 いつものように集団下校中、ハルヒが思いついたように口にした。まあ、実際ふと思いついただけなんだろう。
「良いのではないでしょうか」
 最初に肯定するのは古泉である。基本的にこいつはハルヒの提案に反対することはないし、
「いいですねえ」
 朝比奈さんだって積極的にハルヒに反対する事はない。つまり、ハルヒの意見は大抵の場合においてすぐに過半数を突破してしまうのだ。
 まあ別に外食程度じゃトラブルもないだろう。
「たまにはいいんじゃないのか? 長門もいいだろ?」
「いい」
「うん、決まりね!」
 すぐに決まったからか、ハルヒはなんとなく機嫌が良さそうだ。ハルヒはニコニコと、
「この近くにまずいって評判のラーメン屋があるのよ!」
 ちょっと待て、今なんて言った?
「ラーメンなんてまずく作る方が珍しいじゃない。それなのに、そこの店はカップラーメンを食べた方がましだってくらいまずいらしいわ」
「そんなまずいとわかってる店に行きたくはないぞ」
「でも、気になるじゃない」
「確かにその気持ちはわかるが、だからって食いたくはない。行くならお前一人で行ってこい」
「もう、男らしくないわね……行くって言ったじゃない」
 それなら最初からまずいラーメン屋に行くと言ってもらいたいもんだ。それなら最初から拒否するけどな。
「……」
 ハルヒが膨れっ面で俺の顔を見つめている。いや、俺だけが悪いのか?
「反対してるのはあんただけよ」
 いや、確かに口にしているのは俺だけだが……みんなは行きたいって言うのか?
「僕はお供します。例えそれが地獄でも」
 古泉はニヤけた顔を崩さない。こいつ、冗談じゃなくて本当にハルヒのためならどこまでも行きそうだな。
「みくるちゃんも大丈夫でしょ?」
「が、頑張りますぅ」
 無理しないでください朝比奈さん。と言うか、無理して困るのは全員ですから。
 ハルヒは「ほら、あんただけでしょ」と言わんばかりの顔で俺を見る。
 しかしながら、長門が――
「わたしも特に問題はない」
 ちょっと待て、まずいラーメンで腹を膨らませたらちゃんとした夕飯が食えなくなるぞ。
「大丈夫。夕飯も食べる」
 そうか。


 長門が賛同したとなると俺もそれ以上は反発する事は出来ず、まずいラーメン屋に強制連行される事になった。こうなりゃヤケだ、食ってやろうじゃないか。
「それでこそ男よ!」
 男ってのは損な生き物なんだな。
 そして店に到着し、ガラガラの店内に入る。夕飯時だというのに、さすがにまずいと評判なだけはあるな。店内の薄汚さが不安を募らせる。
「うわ」
 ハルヒがテーブルを触って顔をしかめている。いや、お前が俺達を連れてきたのに明らかに嫌そうな顔をするなよ。そりゃこのテーブルの汚さは引くけどな。
「ここ、味噌ラーメンが評判らしいのよ」
 まずい方のか。
キョンはそれでいいわよね」
 やめてくれ。
 などというのが聞き届けられるわけもなく、俺とハルヒと古泉が味噌。長門が醤油、朝比奈さんが塩となる。
 しばらくして無愛想な店主がラーメンを俺達のテーブルに持って来た。臭いは……そうでもないか。
「じゃあ、食べるわよ」
 ハルヒが真剣な顔をして俺達に号令を出す。いや、ラーメンを食うだけなんだけどな。
キョン、最初に食べていいわよ」
 どうして俺から食わなきゃいけないんだ。お前が食えばいいじゃないか。
 などというのが聞き届けられるわけもなく、覚悟を決めて割り箸を割り――変な風に折れたのが不安を煽る。
「さあ、食べなさいよ」
 皆、と言うか主にハルヒの期待を一身に受け、一口目を――
「ん?」
「どう? 大丈夫? トイレ行く?」
「いや、これは……まあ、そうでもないな」
 あんまり美味くはないが、食べられないほどではない。かなりまずいものを予想していたから、それよりはましだ。
「それじゃあ大丈夫ね。みんなも食べましょ」
 俺の反応を見て拍子抜けした様子でハルヒが食べ始め、少し遅れて他のメンバーも食べ始める。
 なんだ、大したこと無いじゃないか。


 と思っていたのは最初だけ。ある程度空腹が満たされてしまうと、俺は半分くらいを残して箸が全く動かなくなった。
 どこがどうまずいのかは説明できないが、このラーメンはまずい。どうまずいのかわかればどこを直せばいいか予想が出来るが、これはどこがまずいのかはわからない。しかし、確実にまずいのだと断言できる。
 どうやらそれは味噌だけのようだ。ハルヒや古泉も同様に手が止まっているが、長門と朝比奈さんはゆっくりながらも着実に箸を進めている。まあ、二人は元々こんなペースだ。
キョン、ちょっといい?」
 一体なんだ。
「あたし、ダイエット中なのよね」
 初耳だな。
「だから、残りを食べてくれない?」
 勘弁してくれ。
 などというのが聞き届けられるわけもなく、必死になって俺はハルヒの分も平らげる事になった。
「……」
 途中、長門がすごい目をして見ていたのだが、後で謝って許してもらうしかあるまい。ともかくこの時の俺の頑張りっぷりは、我が家末代まで語り草になることだろう。
 なんとか全員のラーメンを食べたところで逃げるように店を出た。
ハルヒ、何か言う事はないのか?」
 食ってやった俺に対し、礼やらねぎらいの言葉はないのか?
「すっごくまずかったわね!」
 いや、そうじゃ無くてだな……
 やれやれと苦笑していると、後ろでガラリと音が聞こえ、何かを振り返ると顔を真っ赤にした店主が――
「逃げましょ!」


 そんなわけで、俺はまずいラーメンで満腹だというのに全力疾走を強いられた。さすがに吐きそうになったが、どうにか我慢した。
 しかし、ラーメンを食いに来てこんなトラブルに巻き込まれるとは、さすがハルヒとしか言いようがないな。